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高齢者がん医療の今後の展望「チーム医療と介護医療」
高齢がん患者さんへのより良い治療を目指して[Part2]
高齢者がん医療の今後の展望「チーム医療と介護医療」
田村 和夫(たむら かずお)先生
超高齢社会の道を歩んでいる我が国では、高齢のがん患者さんがさらに増えていくことは間違いありません。それにも関わらず、非高齢者に比べて、高齢がん患者さんの治療環境は十分ではない現状があるといいます。
こうした課題の解決を目指して2020年3月、日本がんサポーティブケア学会顧問をつとめる田村 和夫(たむら かずお)医師が中心となって、高齢者により質の高い医療を届けることを目的にした医療従事者向け「高齢者がん医療Q&A」を公表しました。
前回のPart-1では、高齢者のがん医療の課題とその理由を田村先生にお伺いしました。引き続き今回は、医療従事者への教育の問題や患者家族の事情によって生じている問題、高齢者へのがん治療の質を高めていくための今後の展望についてお話を伺います。
目次
老年医学を学べる教育機関は少なく、老年腫瘍科を設置する病院も1施設だけ
高齢のがん患者さんへの治療環境の整備が遅れている原因として、田村先生は前回指摘した臨床研究への参加者に高齢者が少ないことなどに加え、老年医学(高齢者の健康維持を目的に、疾患等の適切な治療・予防を研究する専門領域)を系統的に教育する機関が少ないことを指摘しています。
オンライン取材に応じていただいた田村先生
「老年腫瘍学、老年腫瘍科 全国調査(2018年Nishijima TF et al. Jpn J Clin Oncol 27:49:1114-1119,2019)で、医学部のある大学81校にアンケート調査をおこなったところ、回答のあった48校のうち、老年医学講座を設置している大学は14校(29%)、老年医学の系統だった教育を行っている大学は23校(48%)にとどまりました。」(田村先生、以下同)
「しかも教育を行っているところでも、約半数の大学の授業数は10コマ以下で十分な時間数とはいえません。医学研究科についても、81校中42校から回答がありましたが、このうち老年医学に関する専攻科があるのはわずか6校(14%)、教育・研究プログラムがある学校もわずかに5校(12%)でした」
「教育現場がこのような状態ですから、当然、診療体制も十分とはいえません。同アンケート調査では、がん診療連携拠点病院437施設のうち151施設から回答を得ており、それによれば、老年科を設置している医療機関はわずか3%で、老年病専門医が配置されている施設は13%でした」
「アンケート実施当時、老年腫瘍科を設置する病院はゼロでしたが、その後、2018年9月に九州がんセンター(福岡市)に日本初の高齢者がん治療の専門科となる老年腫瘍科が設置されました」
しかし、こうした状況は日本に限ったことではないようです。
「欧米諸国でも高齢者がん医療の実態は日本とあまり変わりませんが、世界で一番進んでいるのがフランスです。治療を開始する前に75歳以上のがん患者さんにG8という機能評価を行って、治療方針を検討するための参考としています。またフランスには老年医が多く、腫瘍医と密に連絡を取りながら、患者さんの病状に応じた治療を行っていますね」
「高齢者だから生への執着がない」という大誤解
高齢がん患者さんに十分な治療が行われないのは、患者さんやご家族側の事情もあるといいます。
「たとえば、大腸がんの手術を受けるとストーマ(人工肛門)になることがありますが、患者さんの認知機能が低下していたりすると、装具の交換やストーマ周囲の皮膚を清潔に保つなどのケアが自分でできない場合があり、家族に大きな負担となります。しかし、患者さんが高齢者なら、配偶者もまた高齢者。お子さんも、親と離れて暮らす場合には常に支援するのはなかなか難しい。であれば、手術はやめておこうということになりがちなのです」
認知症については、「ご家族がすぐに認知症だと決めつけてしまわないでほしい」とも田村先生はアドバイスします。
「年をとれば、程度の差はあれ誰でも物忘れしやすくなります。でも、計画を立てて道具を使って行動できるようであれば、それは認知症ではありません。ある患者さんの例でいうと、その患者さんも物忘れは多くなっていましたが、ひとりで料理ができていました。ご家族は認知症と思っていたようですが、自分でメニューを決めて調理器具を使って調理し、盛り付けから食後の後片付けまできちんと1人でできる。段取りを決めて道具を使って調理するという一連の行動は、本当に認知症を発症している人にはできないことなんです。」
安易な決めつけは患者さんから治療のチャンスを奪い、結果、過少治療(本来行ったほうがよい治療を十分行わないこと)の原因にもなりかねません。
また、医療従事者の思い込みも、過小治療につながっている場合があるといいます。
「医師の中には、『高齢になると、患者さんは生への執着心が薄れる』と思い込んでいる方もいるようですが、必ずしもそうではありません。私の患者さんの中には、90歳を過ぎても早期発見のために、毎年、胃がんと大腸がんの検査を欠かさない方もいます。また、ご家族の前では『もう年だからこれ以上の治療は望まない』とおっしゃっていた方でも、2人きりで話すと、『実は治療を続けたい』と本音を吐露される患者さんもいるのです」
田村先生が「高齢者がん医療Q&A」をまとめた目的には、「高齢者の過剰治療や過少治療を防ぐ」ということも含まれています。
チーム医療と介護医療との連携に期待
高齢であっても元気な患者さんの中には、新しい治療に積極的な人もいるでしょう。そうした場合、過少医療とは逆に、過剰治療になることはないのでしょうか。
「以前は非高齢者と同じように治療して、過剰になっていたケースもあったかもしれませんが、近年はなくなってきていると思います。というのも、今のがん治療では、主治医を含む複数の診療科の医師や看護師、薬剤師、ソーシャルワーカーなどがチームを組んで当たるからです。
薬による治療では、主治医だけでなく薬剤師も副作用などをチェックしますし、手術の際には麻酔科医が患者さんの持ち薬を調べて手術への影響がないかを判断します。複数の専門家の目で、最適な治療を判断しています」
田村先生はこのようなチームの枠をさらに広げ、介護医療との連携に期待を寄せています。
「まず、高齢の患者さんやご家族には、『介護保険制度』について知っていただきたい。介護保険制度とは、介護が必要な方に介護費用の一部を給付する制度ですが、高齢のがん患者さんやご家族に聞くと、この制度を知らないという人がほとんどなのです。とくにがんに特化した制度ではありませんが、ケアマネジャー、保健士、社会福祉士などがさまざまな相談にのって支援してくれますから、ケアしながら治療ができ、QOL(生活の質)の改善にもつながるはずです」
さらに田村先生が介護保険制度に期待することがもう1つあるといいます。それが、「介護認定審査」データの活用です。
介護認定の審査では、介護保険の支給希望者に対し、どれくらいの介護が必要かの審査を行います。「身体機能・起居動作」「生活機能」「認知機能」「精神・行動障害」「社会生活への適応」といった6つの側面から55項目のチェックが行われるため、これを高齢者の機能評価に活用しつつ介護スタッフと医療チームが協力すれば、高齢者のためのより質の高いがん医療が実現する、というのが先生の構想です。
介護認定の調査項目(要介護認定 介護認定審査会委員テキスト2009 改訂版 p33より)
人生100年時代ともいわれ、団塊の世代が75歳を迎える2025年に日本の後期高齢者数は急増すると予測されます。そのような中、遅れていた高齢者に対するがん治療の質の向上――。ここにスポットを当てた田村先生の視点は、これからのがん医療にとって欠かせないものといえるでしょう。
ポイントまとめ
- 日本の老年医学は専門的に学べる教育機関が少なく、人材が育っていない。老年科のある医療機関も全体の3%で、老年腫瘍科を設置しているのは1施設のみという現状がある
- 介護するご家族も高齢などで十分にサポートできないことや、物忘れがひどくなった患者さんを認知症と決めつけること、高齢者は生への執着が少ないという医療従事者の思い込みなどが、必要な治療が十分に行われない「過小治療」につながっている場合がある
- 介護保険制度を知らない患者さん、ご家族の方が多い。介護費用の補助に加えて、ケアマネジャー、保健士、社会福祉士などが支援してくれるため、利用を検討することが望ましい
- より良い治療を望む気持ちは若い人も高齢者も同じ。既存のがん医療と介護支援制度が連携することによって、高齢者のがん診療が抱える社会課題を解決できる可能性がある
取材にご協力いただいたドクター
田村 和夫 (たむら かずお) 先生
福岡大学名誉教授/日本がんサポーティブケア学会 顧問(前理事長)
1974年、九州大学医学部卒。専門は腫瘍・血液・感染症内科。
カテゴリー再発転移のがん治療を知る, その他治療
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