高齢がん患者さんへのより良い治療を目指して[Part1] 高齢者がん医療の現状と課題

公開日:2020年11月30日
高齢がん患者さんへのより良い治療を目指して[Part1] 高齢者がん医療の現状と課題
日本がんサポーティブケア学会顧問(前理事長)
田村 和夫(たむら かずお)先生

総務省がまとめた2020年9月15日時点の人口推計によると、65歳以上の高齢者人口は3,617万人で過去最多を更新。がんはそもそも高齢者の割合が多く、我が国では、がん患者さんの70%以上を65歳以上が占めています※1。急速な高齢化が進み、超高齢社会(65歳以上の人口割合が全人口の21%以上を占めている状態)へ突入している日本において、高齢のがん患者さんがさらに増えていくことは間違いありません。

それにも関わらず、現在のがん医療では、高齢のがん患者さんにとっての治療環境が十分ではないといいます。治療を受ける高齢がん患者さんの心身状態や置かれている環境を適切に評価する仕組みがないこと、抗がん剤の臨床試験は高齢者が除外されることが多く、有効な治療データが集まっていないというのがその理由です。

こうした現状に対して、日本がんサポーティブケア学会顧問(前理事長)をつとめる、福岡大学の田村 和夫(たむら かずお)医師が中心となり、2020年3月、医療従事者向けの「高齢者がん医療Q&A」をとりまとめて公表しました。現在もこの分野の研究を続ける田村先生は、「高齢者のがん医療については社会的な取り組みが求められることはもちろん、医療従事者もその現状を知って、認識を新たにする必要がある」と呼び掛けています。

田村先生に、高齢者がん医療の現状と課題についてお話を伺いました。

※1 国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」より
https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/dl/index.html

目次

エビデンスに乏しい高齢者がん医療の実情

増え続けるがんの患者さんに、より良い医療を提供すべく薬や治療法の研究が進み、ゲノム医療の進展もあって、一人ひとりの患者さんの病状や遺伝子などに合わせた個別化医療が尊重される時代になりました。

一方で、がん患者さんの大多数を占める高齢者にとっては、必ずしも最適な治療環境が整っていない側面があると田村先生は指摘します。

手術、放射線治療、薬物療法ががん治療の3本柱といわれ、近年はこれに免疫療法も加わっていますが、中には侵襲性(体への負担)が大きいものもあります。治療の副作用が命に関わってくる場合もあるため、患者さんの心身がこうした治療に耐えうるかどうか、事前に医師が判断をして治療方針を決めています。

患者さんの体の状態は、一般的にPS(パフォーマンスステータス)と呼ばれる指標をもとに評価していますが、高齢者の治療においてはこのPSだけでは十分でない、と田村先生は指摘します。

パフォーマンスステータス

出典:国立がん研究センターがん情報サービス用語集(https://ganjoho.jp/words.html)

「高齢者は、身体機能が年齢相応の人、年齢より若い人、年齢よりも劣る人の差が大きいのが特徴で、単純に年齢だけで評価できません。また、認知機能など高齢者特有の問題もあるため、従来のPSだけでは、適切に評価できない場合も多いのです」(田村先生、以下同)

さらに別の問題もあるといいます。

「治験※2や臨床研究に参加される方の多くは非高齢者の患者さんで、高齢で参加されるのは治療に耐えられるごく一部の元気な患者さんに限られます。こうした試験は安全性や治療効果を調べるために行われますが、結果として現状の試験では、高齢者にとっての安全性や治療効果のデータが得られにくいのです」

※2 臨床研究は、実際に人に薬を投与して安全性や有効性を調べる試験のこと。治験は、薬や医療機器が国(厚生労働省)からの認可を得るために行われる臨床研究。

がんの治療では、各学会などで作成された、「がん診療ガイドライン」という標準的な治療方針とその根拠を示したものが医師向けに作成・公開されています。しかし、研究エビデンス(科学的な証拠)に乏しい高齢者へのがん治療は、非高齢者を中心とした研究データをもとにしながら、医師たちが経験的に行っている現状があるといいます。

新型コロナウイルス感染症拡大により、オンライン取材に応じていただいた田村先生

新型コロナウイルス感染症拡大により、オンライン取材に応じていただいた田村先生

「たしかに元気な高齢者であれば非高齢者を基準とした治療が適する可能性もありますが、多くの人は年齢とともに臓器の機能は低下していきますし、筋肉の量も減って代謝も悪くなります。したがって、非高齢者では得られた効果が得られなかったり、逆に非高齢者では見られなかった副作用が出やすかったりといったことが予想されます」

「さらに問題は、非高齢者と同じ治療には耐えられない人をどのように治療するかという点」と田村先生は続けます。

「我々の研究では、非高齢者と同じ治療が受けられる人をフィット(fit)、合併症などにより同じ治療が受けられない人をアンフィット(unfit)と呼んで区別しています。さらにアンフィットを、がん治療がある程度可能な人であるヴァルネラブル(vulnerable)と、効果が望めないか、あるいは治療に耐えられないと思われるフレイル(frail)に分類します。

アンフィットに属する患者さんの中で、どんな治療をすべきか医師たちが一番判断に困るのが、ヴァルネラブルとフレイルの中間にいる患者さんです」

こうした問題に対応すべく田村先生が自ら編集委員長を務めて、医師向けにまとめたのが、「高齢者がん医療Q&A」です。高齢者を対象とする検診から診療、彼らを取り巻く環境まで、多方面からの疑問に答える形で編集されています。

エビデンスに乏しい高齢者がん医療の実情

「単に年齢だけでは診断できない高齢の患者さんに、より良い治療を提供するための知識や情報をまとめました。たとえば、フィットやアンフィットといった分類を、化学療法の毒性を評価するCARGスコア※3などと組み合わせることで、より適切な治療を導き出せると考えています」

※3 CARG(Cancer and Aging Research Group)は、高齢者のための化学療法毒性予測ツールで、抗がん剤による副作用の程度など評価する。

今回は、高齢者のがん医療が慎重にならざるをえない現状とその理由について、田村先生に伺いました。次回Part2では、高齢者ががん治療を受ける際のご家族の事情による課題や医療従事者側の思い込みの問題、今後高齢者のがん医療が進展していくための提言などについてお聞きします。

ポイントまとめ

  • 日本のがん患者は65歳以上が7割以上を占めるが、非高齢者の患者と比べて高齢がん患者にとっての治療環境が十分ではない現状がある
  • 高齢がん患者は体や心の機能のバラツキが大きいため、治療方針を決める際に従来の指標であるPSだけでは不十分であり、適切な評価が行われていない
  • 「外科治療」「薬物療法」「放射線治療」や一部の「免疫療法」といった標準治療は、科学的根拠に基づく最良の治療であるが、治験や臨床試験に高齢患者の参加が少ないため、高齢者に対する科学的根拠には課題がある
  • 田村和夫先生が中心になってまとめた「高齢者がん医療Q&A」では、単に年齢だけでは分けられない高齢の患者さんに対しての機能評価方法のほか、診療を行う医師向けに多方面の情報を提供する内容となっている

取材にご協力いただいたドクター

田村先生

田村 和夫 (たむら かずお) 先生

福岡大学名誉教授/日本がんサポーティブケア学会 顧問(前理事長)

1974年、九州大学医学部卒。専門は腫瘍・血液・感染症内科。

関連記事

※掲載している情報は、記事公開時点のものです。