正しくがんを知ろう-再発・転移性乳がん ガイドライン解説

公開日:2011年08月01日

目次

乳がんの病期分類と転移の傾向

がんの治療法を決めるにあたっては、病期(ステージ)を目安にするのが基本です。病期は、原発腫瘍の大きさ(Tumor)、リンパ節転移の広がり(Node)、遠隔転移の有無(Metastasis)を組み合わせる「TMN分類」によってⅠ~Ⅳに分けられ、数字の大きいほど進行がんを示します。乳がんの場合は下記のようになっています。

【図1 TMN分類】

  リンパ節転移なし わきの下のリンパ節に転移(動く) わきの下のリンパ節に転移(固定) 胸骨の近くや鎖骨の上のリンパ節に転移
原発巣が確認されない ⅡA ⅢA ⅢC
腫瘍が2cm以下 ⅡA ⅢA ⅢC
腫瘍が2.1cm〜5cm ⅡA ⅡB ⅢA ⅢC
腫瘍が5cm以上 ⅡB ⅢA ⅢA ⅢC
腫瘍の大きさに関係なく皮膚等に浸潤 ⅢB ⅢB ⅢB ⅢC
遠隔転移あり

乳がんは乳房の中にあるリンパ管を通じてわきの下のリンパ節(腋窩リンパ節)へ流れこむため、病期分類も腋窩リンパ節への転移が基準になっています。このうちステージⅣは、乳房にあったがんが遠くの臓器などに転移した状態です。乳がんは血液やリンパ液に乗って身体のあちこちに運ばれ、骨や脳に転移しやすいと言われますが、肺や肝臓、皮膚などに転移することもあります。初期治療を終えて数年経って転移が見つかるケースもあります。

【乳がんイラスト】

乳がん治療のアルゴリズム〈局所再発〉

*アルゴリズムは治験や臨床試験などを経て、ガイドライン作成にあたった学会の医師たちが基本的な治療の流れを定めたものです。

乳がんの再発・転移は、一部の局所再発(手術をした部分だけに再発)をのぞき、完治が難しいとされています。どちらかというと、治すことよりも延命や生活の質(QOL)の改善が治療の目的になります。しかし、治療法は進歩しており、90年代以降は新薬の登場によって再発後の生存期間が徐々に延長してきました。
再発・転移の乳がんの治療は、局所再発か、遠隔転移かによって異なります。

まず、局所再発のアルゴリズムは下記の通りです。初発時に乳房温存手術と放射線療法をしていた場合は、乳房切除術、内分泌療法、化学療法を行います。患者さんの状態によっては、乳房を再度温存できることもありますが、明確な基準は明らかになっていません。それに対し、初発時に乳房切除術をしている場合は、放射線療法などを行ったうえで、やはり内分泌療法や化学療法が適用になります。

また、乳房切除後の胸壁再発(皮膚や皮下への再発)には、切除術や放射線療法、あるいはその両方を併用することがあります。放射線療法の際は、照射する範囲や線量などに関する統一した見解がなく、患者さんの全身状態や初回治療時の病期、生命予後などから個別に判断されます。

【図2 局所再発乳がん治療のアルゴリズム】

乳がん治療のアルゴリズム〈遠隔転移〉

遠隔転移の場合は原則として薬物療法による全身治療が必要になります。乳がんの薬物療法には、化学療法(抗がん剤)と、内分泌療法(ホルモン療法)があります。

内分泌療法(ホルモン療法)は、「ホルモン感受性」の有無が治療を大きく左右します。ホルモン感受性とは、がんが女性ホルモンに反応する受容体(エストロゲン受容体[ER]、プロゲステロン受容体[PgR]等)を持っていることを意味します。ホルモン感受性のある乳がんは、女性ホルモンとくっつくことで増殖するため、女性ホルモンの分泌を抑えたり、がんに作用しなくするホルモン剤を使うのが内分泌療法です。

ホルモン感受性の有無は切除したがん細胞を用いて検査し、陽性であれば内分泌療法の適用となります。内分泌療法は、化学療法より副作用が少ないという利点があります。

検査の結果、ホルモン感受性があるとわかれば、軟部組織や骨転移、差し迫った生命の危険がなく、再発までの期間が長かった場合は内分泌療法から始めます。内分泌療法が効くようであれば、効果がなくなるまで繰り返して行います。

それに対し、ホルモン感受性がない場合や、あっても極めて病状が重い場合、再発までの期間が短かった場合などは、化学療法が第一の選択肢になります。また、内分泌療法がまったく効かなかった場合や、内分泌療法を終えた場合も、化学療法を行います。

遠隔転移の乳がんは、病期やリンパ節転移の有無だけでなく、ホルモン感受性の有無、閉経前か閉経後かの違い。あるいは遺伝子タンパクの状態などに応じて治療が選択されます。がんのなかでも、患者さんの状態に合わせた個別化治療が進んだ分野といってよいでしょう。ガイドラインでは次のように定められています。

【図3 遠隔転移乳がん治療のアルゴリズム】

繰り返し行われる内分泌療法

ホルモン感受性が陽性だった場合、再発転移乳がんにおける内分泌療法は、一次~三次までの段階があります。一次内分泌療法をある程度続けると、身体に抵抗性ができて効かなくなりますが、生命に危険が及ぶ転移がなければ二次内分泌療法に進みます。一次で効果のあった転移・再発乳がんは二次の効果が期待でき、二次の効果があれば三次内分泌療法にも期待できるといわれています。

ホルモン剤の種類

閉経前の場合や、内分泌療法未治療、あるいは手術から1年以上経っている場合の一次内分泌療法は、「LH-RHアナログ」と「タモキシフェン」というホルモン剤の併用が勧められています。タモキシフェンは、エストロゲンの作用を妨げる抗エストロゲン薬。LH-RHアナログは卵巣機能を抑制するホルモン剤です。卵巣機能抑制は、手術や放射線照射でも可能ですが、どちらも生存期間に差はありません。合併症の心配を考慮すると、手術・放射線よりLH-RHアナログがよいとされています。

二次内分泌療法については、現状ではまだエビデンスが乏しいといわれていますが、LH-RHアナログと「アナストロゾール」を併用する方法があります。アナストロゾールは、エストロゲンを作る酵素「アロマターゼ」を阻害するホルモン剤です。また、「酢酸メドロキシプロゲステロン」(エストロゲンを抑制するホルモン剤)を使う方法もありますが、血栓症や体重増加などの有害事象が起こりうると考えられています。

手術後すでに内分泌療法を実施していたり、治療終了から1年以内の再発・転移乳がんは、LH-RHアナログやタモキシフェンに耐性があると考えられます。そのため、一次内分泌療法を飛ばして二次内分泌療法から始めることが推奨されています。

閉経前後で使用する薬剤が違う

同じホルモン受容体陽性転移・再発乳がんでも、閉経後であれば使用する薬剤が異なります。一次内分泌療法には、抗エストロゲン薬(タモキシフェン、fulvestrant[未承認])または、アロマターゼ阻害薬(アナストロゾール、「レトロゾール」「エキセメスタン」)が勧められています。さまざまな臨床試験の結果、現段階ではアロマターゼ阻害薬のほうが有効性が高いことが確認されています。

二次内分泌療法としては、アロマターゼ阻害薬やfulvestrantが有効です。また、アロマターゼ阻害薬に抵抗性ができた場合の二次内分泌療法には、抗エストロゲン薬(タモキシフェン、fulvestrant)や、作用のメカニズムが違うアロマターゼ阻害薬が有効とされています。

なお、二次内分泌療法を終えてさらに三次内分泌療法と続ける場合は、閉経前後ともに一次、二次で使用していない薬を選択します。

ホルモン感受性が陰性だった場合の化学療法

ホルモン感受性がない遠隔転移乳がんは、内分泌療法の効果が期待できないため、化学療法を行います。どのような化学療法を選択するかは、「HER2」という遺伝子タンパクの状態によって異なります。HER2はタンパクの量(過剰発現)と、遺伝子の量(遺伝子増幅)の2つの基準があり、それぞれに応じた治療法を選びます。化学療法も、内分泌療法同様に一次~三次までの段階があります。それぞれ解説していきましょう。

まず、HER2過剰発現で遺伝子増幅のない場合、一次治療として「アンスラサイクリン」あるいは「タキサン」を含む治療が推奨されます。前治療が行われていない場合や、前治療でアンスラサイクリンを投与してある程度時間が経っている場合の奏功率※1は30~60%です。また、タキサンを使用する場合は、副作用に耐えられるようにするためにアンスラサイクリンとの併用はせず、単剤で使われることが推奨されています。

もしも前治療でこれらの薬剤が投与され、投与修了から時間が経っていない場合などは、前治療を一次化学療法と考えて、二次化学療法を行うことが望ましいとされます。

第二次化学療法では、アンスラサイクリン系またはタキサン系の薬剤のうち、一次で使用されなかったものを使用します。二次化学療法の奏功率は20~30%、無増悪生存期間は3~6ヵ月とされ、固形癌のなかでは効果が期待できるほうと言われています。

第三次化学療法は、「カペシタビン」「TS-1」「ゲムシタビン」「ビノレルビン」「イリノテカン」が効く可能性があります。しかし、現段階では臨床試験の結果からの推測に留まり、実施を検討するには細心の注意を要します。

※1奏効率とは治療の実施後に“がん”が縮小したり、消滅した割合のことです。

HER2過剰発現&遺伝子増幅ありは、分子標的薬が使える

HER2過剰発現で、なおかつ遺伝子増幅のある場合の一次療法には、化学療法と「トラスツズマブ」を用いた抗HER療法の併用が勧められています。トラスツズマブは、HER2だけに作用する分子標的薬です。トラスツズマブとタキサンを併用した場合、タキサン単独と比べて奏功率や生存期間などに優位な差が認められています。

トラスツズマブ投与中または投与後に病状が進行した場合は、「ラパチニブ」という分子標的薬が使用されることがあります。ラパチニブは、単独でがんの進行を抑える可能性がありますが、予後に対する影響は明らかになっていません。そのため、ラパチニブ+カペシタビン、あるいはラパチニブ+トラスツズマブの併用が推奨されています。

なお、ホルモン受容体陽性で、HER2過剰発現・遺伝子増幅ありの場合にも、抗HER療法が適用になります。骨・軟部組織への転移がなく、比較的、進行がゆるやかな症例には内分泌療法単独か、抗HER療法と内分泌療法の併用。内臓に転移し、進行が早い症例には、化学療法と抗HER療法の併用が勧められています。

転移・再発乳がんで放射線治療や手術を行うとき

薬物療法以外の治療については、先に局所再発の放射線治療をあげましたが、遠隔転移でも放射線治療を行うことがあります。

遠隔転移の放射線療法は全身療法が中心ですが、痛みやマヒなどの局所療法にも用いられます。例えば、有痛性骨転移で鎮痛剤による痛みをコントロールが難しい場合に放射線療法が作用され、70~80%の症例で疼痛緩和が認められています。

脳転移も、脳神経症状や頭蓋内圧亢進症状を軽減するために放射線療法が用いられます。多発性脳転移は全脳照射、単発性脳転移は定位照射が適用とされています。

なお、脳転移や易骨折性骨転移、背髄横断症状などには手術が検討されることがあります。転移・再発乳がんには、さまざまな治療法があるため、患者さんの全身状態や生命予後などを総合的に鑑みて検討することが重要になります。

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