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【特集記事】がん研究会が進めるプレシジョン・メディスン
現在200以上の医療機関と製薬会社10数社でプレシジョン・メディスンのプロジェクトが進められています。今回は参加機関の一つ、がん研究会が独自に取り組んでいるがんプレシジョン・メディスンについて「がん研究会がん研究所、所長野田哲生先生」にお話を伺いました。
目次
がんプレシジョン医療研究センターを開設
がんは遺伝子の変異によって引き起こされる病気です。正常細胞のゲノム上の遺伝子に変異が蓄積してがんが発生することが知られています。しかしながら、がんは同じ臓器に発生しても、患者さんごとにがん細胞の遺伝子に生じている遺伝子の変異は異なります。そのため、がんの治療では個別化医療が必要になります。
がん組織で起こっている遺伝子変異を調べ、得られた結果を一人ひとりの患者さんのがんの診断や治療に役立てるのが今注目されているプレシジョン・メディスン(精密医療)です。
現在日本では国立がん研究センター東病院をはじめ全国の200以上の医療機関と製薬会社10数社によって「SCRM-Japan(スクラム・ジャパン)」と呼ばれるプレシジョン・メディスンのプロジェクトが進められています。がん研究会有明病院もこのプロジェクトに参加していますが、今回はがん研究会が独自に取り組んでいるがんプレシジョン・メディスンについてご紹介します。
DNAの二重らせん構造が発見されて50年後の2003年に、ヒトゲノムの精密な配列が明らかになりました。それに先立つ2001年、がん研究会はがん患者さんのゲノム情報の解読を通じて、がんという病気の解明と個別化医療を実現するためにゲノムセンターを開設しました。
今日までに最先端技術を使ってがんのゲノムDNAの解析、治療法開発のための研究などを行い、多くの成果を生み出してきました。そしてすべてのがん患者さんに最適の医療を提供することを目的として、このゲノムセンターを発展的に改組し、中村祐輔シカゴ大学教授を特任顧問にお迎えして、2016年10月に「がんプレシジョン医療研究センター(CPMセンター)」を設立しました。
網羅的に遺伝子変異を捉えるクリニカルシークエンス
CPMセンターの研究開発の中心となるのはゲノム解析を基軸にしたクリニカルシークエンスとリキッドバイオプシー診断の2本柱です。
クリニカルシークエンス(clinical sequence)とは、日本語に置き換えると「がんゲノム塩基配列の解析情報を日常の臨床に応用する」といった意味です。
がんの診断は、最終的にはがん患者の体内から組織を取り出して病理検査で行われるのが一般的です。また、現在も、日常臨床で遺伝子検査が行われていますが、これはあくまでも特定の遺伝子で起こっている一部の変化しか調べることができません。
クリニカルシークエンスでは、次世代シーケンサーを使って数多くのがん関連遺伝子で起こっている遺伝子変異を一度に調べることになります。シーケンサーはDNAなどの塩基配列を解析するための装置です。
CPMセンターが取り組んでいるのは、手術や生検で患者さんから採取したがん組織のゲノムDNAなどを解析し、解析結果から個々の患者さんに最適な治療や治験の候補を提案することです。治験に関しては、がん研で行われる臨床試験だけなく、国内の他施設で実施されているものについても情報提供をしていきます。
CPMセンターがプレシジョン・メディスンとして具体的に提供できる情報は、アクショナブル遺伝子の変異情報、治療感受性予測、ネオ抗原の予測情報などです。アクショナブル遺伝子の変異情報は、上述のように、がんの多くの遺伝子変異のうちで、がんの発生・増殖・進展に関わるドライバー遺伝子の変異を見るために重要であり、これにより、その遺伝子を標的にする分子標的治療薬による治療へとつながることが期待できます。
治療感受性予測では、一般的な抗がん剤の効きやすさや副作用の出やすさを予測して最適な化学療法を提案することが可能です。最後のネオ抗原の予測情報は、現在の段階では直接的に治療法の選択につながるものではありませんが、近い将来、各種の免疫療法の効きやすさを判断することに必須の情報となり、最適な免疫療法の提供につながると期待されます。
こうしたクリニカルシークエンスは、特に手術適応のない再発・転移がん患者さんの治療法の選択に重要です。そして、そのためには、そうした患者さんの生検で得られる、ごく微量のがん組織から得られるゲノムを解析することになりますが、さらに、そうした生検の難しい患者さんからでも、血液中の遊離がんゲノムDNAを解析することで、正確かつ詳細なドライバー遺伝子変異の情報を得る方法を開発中です。これが後述するリキッドバイプシーですが、これをもとに効果が期待できる分子標的薬を選択することができます。
超早期再発診断を可能にするリキッドバイオプシー
現在、次世代シーケンサーを使ってゲノムDNAなどを詳細に解析するためには、ある程度の量の組織を、手術や生検で採取する必要があります。さらに、治療効果を判定するためには、その治療の前後にも組織を採取しなければなりません。
これでは患者さんの体に大きな負担がかかります。また、生検を繰り返し行うには現在の技術レベルでは安全性にも限界があります。そこでCPMセンターが着手しているのが、リキッドバイオプシー診断の開発です。
リキッドバイオプシー(liquid biopsy)診断とは、体液(血液、尿、唾液など)を用いた診断法です。がん細胞に由来するゲノムDNAを始めとする生体成分を血液や尿から回収し、がんの存在やその特徴を診断する技術であり、より低侵襲で簡便に、しかも高感度に診断情報を得ることができます。
がん細胞が免疫細胞によって破壊されたり、アポトーシス(プログラムされた細胞死)を起こしたりすると、がん細胞のゲノムDNAが血中に出てきます。それを捕らえて、たとえば、再発リスクの高い患者さんの血液中のゲノム情報を解析すれば、画像検査では確認できないほど超早期の段階で再発診断を行うことが可能です。
リキッドバイオプシー診断の進化形として微小分泌小胞(エクソソーム)を用いたがんリキッドバイオプシー診断法の開発も進んでいます。がん細胞が分泌するエクソソームは、がん細胞の分子情報がコピーされたがん細胞のレプリカです。エクソソームからがん細胞が産生するたんぱく質やRNAなどの分子を検出することができます。
近年、エクソソームは、がんの進行や転移にも密接にかかわっていることがわかってきました。エクソソームはがん細胞が作る情報物質をほかの細胞に運び、増殖や転移につながる反応を引き起こしていると考えられているのです。そのため、このエクソソームを標的とするリキッドバイオプシー診断では、その患者さんのがんの進展度や転移の可能性も知ることができると考えられます。
人工知能の活用でプレシジョン・メディスン実現に拍車
このようにクリニカルシークエンスとリキッドバイオプシー診断を駆使したプレシジョン・メディスンは、原発不明がん、希少がん、標準治療に不応となったがんの診断や治療の開発をも可能にしてくれます。
CPMセンターでは、まずはがん研有明病院で手術を受けた患者さんのがん組織、体液などの試料と臨床情報を収集してデータベースとして蓄積します。採集した試料を使って次世代シーケンサーでさまざまな解析を行い、超早期段階での再発診断や治療法の選択システムなどの開発を臨床研究として進めていく予定です。
現状では、がん研有明病院以外の医療機関で治療を受けている患者さんからがん組織を生検で採取するのは、精度などの問題があるために行っていません。
手術時にクリニカルシークエンスを行い、患者さんのがんのゲノムDNAの変異を把握しておくことによって、術後、その変異を持っているDNAをリキッドバイオプシーでスクリーニングすることで早期に再発を予測することができます。
それによって、再発治療への速やかなアクセスも可能になります。がんが再発した患者さんで、そのゲノム情報がない場合も、クリニカルシークエンスによって変異を見つけ、患者さんに適した治療法を提供することができるようになるでしょう。
がん研究会・CPMセンターが目指すプレシジョン・メディスンは当面5年計画でプロジェクトが進んでおり、がん研有明病院の患者さん(乳がんと肺がん)を対象に2018年度中にプレシジョン・メディスンによる診断をスタートさせる予定です。その後、消化器がんなど対象となるがんを広げていければと考えています。
これまで述べてきたように、CPMセンターでは、次世代シーケンサーを使って解析した患者さんの遺伝子情報から最適な治療や治験の選択肢を提供することが可能になります。さらに、人工知能の技術を活用して、がんプレシジョン・メディスン、がん個別化医療の実現を目指すために、民間企業との共同研究も、今年1月に開始しました。
共同研究では、診断支援システム、インフォームドコンセント支援システムなどの開発が行われています。診断支援システムは、ゲノム解析による検査結果をもとに、人工知能が患者さんの症状、特性に合わせた治療法に関わる論文を検索し、医師の判断を支援します。
また、インフォームドコンセント支援システムは、治療法や薬剤に関する医師の説明を患者さんや家族が十分に理解できるように、人工知能が患者さんの理解度に合わせて、説明を補足します。いずれのシステムも2021年の完成を目指して開発が進められています。
今後プレシジョン・メディスンが標準化されることで、国内のがん死亡率の低下、再発の防止、医療費の適正化の期待が膨らみます。
患者さんに知っておいてほしいこと
新たな治療法の開発に関しては、つねに患者さんの協力がその成否の鍵を握っています。臨床研究は、“あなたの次の患者さん”を救うための足掛かりを見つけるために行われる研究です。プレシジョン・メディスンの開発もしかりです。
私は日ごろから患者さんが臨床研究に積極的に参加するように呼び掛けています。プレシジョン・メディスンの臨床試験に参加していただき、次代の患者さんに命のバトンをつないでいただきたいと願っています。
また、がんの検診の重要性を再認識していただくことも重要です。がんが発見されることを恐れ、検診を受けることを敬遠される患者さんは少なくありません。検診を恐れる気持ちは理解できます。
しかし、それは1回目だけです。定期的に検診を受けていれば、ほとんどのがんは早期に発見し治すことが可能です。せっかく克服できるがんも、検診を受けなければ、それも叶いません。
災害時の対処について
災害が発生したときにまず考えるべきことは「薬へのアクセス」です。残薬のチェック、お薬手帳の所在の確認とともに、医療機関へのアクセスが断たれたときにどういったことが問題になるのか、その解決方法、非常時に自分の健康に関する情報を入手する方法や場所などについて明確にしておく必要があります。
例えば、先ごろ豪雨に見舞われた九州などを見ていても、まずは災害発生後の2週間をなんとか切り抜けることが重要だと思います。その間をどのように過ごすかなど、患者さんと家族で話し合っておくことをお勧めします。
ポイントまとめ
- がん患者さんに最適の医療を提供することを目的に、2016年10月「がんプレシジョン医療研究センター(CPMセンター)」を開設
- CPMセンターの研究開発の中心となるのはゲノム解析を基軸にしたクリニカルシークエンスとリキッドバイオプシー診断の2つ。クリニカルシークエンスでは、次世代シーケンサー(DNAなどの塩基配列を解析するための装置)を使って数多くのがん関連遺伝子で起こっている遺伝子変異を一度に調べる
- CPMセンターでは、手術や生検で患者さんから採取したがん組織のゲノムDNAを解析し、その結果から個々の患者さんに最適な治療や治験の候補を提案している
- クリニカルシークエンスは、特に手術適応のない再発・転移がん患者さんの治療法の選択に重要である
- リキッドバイオプシー診断とは、体液(血液、尿、唾液など)を用いてがん細胞に由来するゲノムDNAから、がんの存在やその特徴を診断する技術である。リキッドバイオプシー診断からより低侵襲で簡便に、高感度な診断情報を得ることができる
- リキッドバイオプシー診断の進化形として微小分泌小胞(エクソソーム)を用いたリキッドバイオプシー診断法も開発中である
- CPMセンターでは、がん研有明病院で手術を受けた患者さんのがん組織、体液などの試料と臨床情報をデータベースとして蓄積している。次世代シーケンサーで解析を行い、超早期段階での再発診断や治療法の選択システムなどの開発を進めていく予定
- がんプレシジョン・メディスン、がん個別化医療の実現を目指すために、人工知能の技術を活用した、民間企業とのを共同研究では、診断支援システム、インフォームドコンセント支援システムなどを開発
- プレシジョン・メディスンの開発も含め、臨床研究は次の患者さんを救うための足掛かりを見つける研究である。臨床研究に参加することで命のバトンをつないでほしい
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