福島原発事故で患者の不安が増加正しく理解する医療被曝

公開日:2011年12月30日

目次

はじめに

3月11日の福島原発事故を契機に、放射線の健康に対する影響が様々な立場から無秩序に報道され、癌の放射線治療を必要としている患者様、及びご家族の方々の不安、恐怖は想像に難くありません。このたび、「一般社団法人あきらめないがん治療ネットワーク」から、「正しく理解する医療被曝」というタイトルでWeb Magagineにお話しするとの依頼を受けました。

このお話では、最初に原発事故に関係する放射線の健康影響の考え方をお話し、その後で、原発事故で話題となった放射線の影響を理解しながら医療における放射線の活用についてお話しすることにします。

原発事故の場合

新聞などでご承知のように、原発事故では外部被ばくによる影響と内部被ばくによる影響が心配されています。原発事故の外部被ばくは全身に浴びる放射線量として表現され、100ミリシ-ベルトまではただちに健康に影響はない、20ミリシーベルトを越えれば避難する、除染は1ミリシーベルトを目標とする、というように使われます。内部被ばくについては、放射性ヨウ素、放射性セシウムガを摂取しないように牛乳、飲用水、野菜、穀物、肉などの食品の検査が行われています。

このような原発事故に関係する被ばくの影響を、科学的事実として国際的に承認されている範囲をまとめ、一方放射線から身を守る放射線防護の考え方を、同じく国際的な提案・勧告を中心にお話してみます。

人体に対する影響-科学的事実(サイエンス)

放射線の人体への影響は臨床医学的に「急性影響」と「晩発性影響」に分類することができます。

2) 晩発性影響
晩発性影響とは数年から数十年後に現われてくる症状のことです。被ばく後すぐに症状が現われて、放射線と症状の因果関係が明確な急性障害とは事なり、長期間経過したあとに症状が現われてきます。白血病をはじめとする各種の悪性腫瘍が中心です。

晩発性影響は一人の患者をどんなに調べても、例えば一人の肺癌の患者をどんなに調べても、肺癌の原因が放射線であるとは決められません。晩発影響を調べるためには、統計的・疫学的な観点から長期間の調査が必要となってきます。いままでの一番大きな調査は広島・長崎の原爆被爆者の調査であり、12万人以上の被曝者が登録され現在でも調査が続けられています。広島・長崎のデータから、被曝線量が増えると癌のリスクが直線的に増加すること、1シーベルト(1000ミリシーベルト)被ばくすると、発がんのリスクは1.5倍上昇(図1を参照)することが推定されています。

発がんのリスクは放射線だけではなく、普段の生活をしていても発癌のリスクが あります。例えば喫煙や飲酒のほか、肥満、運動不足、野菜不足など、色々な発癌  リスクが存在しています。100-200ミリシーベルト以上の被ばくを受けると癌のリシクが直線的に増加しますが、晩発影響における低線量被ばく(100ミリシーベルト以下)の場合には、他の発癌のリスクにまぎれて放射線の影響を科学的に特定することはできません。



















3)外部被ばく と 内部被ばく

被ばくは外部被ばくと内部被ばくに分けることができます。今までお話した原爆被爆者の結果は外部被ばくの結果です。放射線源が体外にあり、外部から放射線を浴びることを外部被ばくといいます。内部被ばくとは放射線物質が口や鼻などから体内に取り込まれて体の中で被ばくすることを指します。放射性物質は体内に入ってしまうと、放射線物質の種類にもよって体内での分布、代謝などが異なります。例えば、放射性ヨウ素は甲状腺に摂取され、摂取されない放射線ヨウ素は数日以内に尿に排泄されます。放射性セシウムは特定の器官に摂取されることはなく、身体全体に広がります。同じく尿から排泄されます。チェルノブイリ原発事故では、小児の甲状腺癌が多発しましたが、その原因は放射性ヨウ素に汚染された牛乳を飲んだからといわれています。放射性セシウムに関しては、国際機関の発表として、影響があったという結果は得られていません。

人体に対する影響 防護の考え方 (ポリシー)

科学的(サイエンス)な人体への影響は述べてきた通りです。
(1)放射線の影響は、被ばく線量に比例して直線的にがんのリスクが増えること
(2)100 mSv以下では、そうした影響が疫学的に認められないこと
(3)チェルノブイリ原発事故では、甲状腺癌は増加したが、放射性セシウムの影響は認められていないことをお話しました。

これはサイエンス(科学的事実)です。それでは100ミリシーベルト以下の線量では影響がわからないから安全であると放置してよいのか、セシウムの影響はチェルノブイリでも認められないのだから大丈夫だと放置してよいのかというと決してそうではありません。 科学的事実を十分に理解した上で、放射線の害を少なくする、放射線から防護するという考え方が、国際的な問題として、国際放射線防護委員会(ICRP)が勧告を発表しています。その勧告は単純に意味もなく放射線の被ばく線量を可能な限り少なくするのではなく、リスクを客観的に表現し、基本的な考え方は、「政治的、経済的、に合理的に少なく」とあります。この考え方をポリシーと呼びます。

客観的な表現として、科学的事実では認められなかった100ミリシーベルト以下の被ばく線量でも放射線の影響が認められると仮定して、図1に示した直線が0まで続いているとしてリスクを計算します。例えば、原爆の調査では100 mSvでがんのリスクが1.5%増加しますので、「10 mSvでは0.15%、1 mSvでは0.015%がんのリスクが増加する」という仮説が成り立つと考えます。そしてその仮定のリスクと放射線の被ばく線量の関係を「政治的、経済的に合理的に少なく」として、被ばく線量を勧告するのです。放射線による害と放射線を避けるための被害を比較し、放射線を避けるための被害が上回らないようにというのも基本的な考え方です。また放射線を使う益と放射線を使う害との比較の大切なポリシーです。

この勧告では、平常状態、緊急状態、回復期などと状況に応じて勧告する線量が変わります。ポリシーとしてよく理解できます。平常状態では、公衆被ばく線量(一般の人に被ばく)は年1mSv、職業とする人は20mSvとされています。一般の人と、職業にするひとで、20倍も違うのは、科学ではなく、ポリシーだからです。この勧告はさらに公衆被ばくでも、緊急被ばく状態では20-100mSvの範囲、回復期(現存被ばく状況)では1-20mSvの中から参考レベルを選ぶと勧告しています。これ以上述べるのはやめますが、現在、新聞などで20ミリシーベルト、5ミリシーベルト、1ミリしベルトなどと報告されているレベルは、その線量を超えた場合に科学的に何かが起こるということではないと理解していただけたと思います。被曝線量の意味を過剰に受け取ってしまうと、不安、恐怖などの心理的影響は計り知れません。住民、特に子供達の心身ともに健全な発達を願うことが大切です。

放射線防護の実際

外部被ばくの防止と、内部被ばくの防止について原則的なお話をします。外部被曝の防止策は3つあります。まずは放射性物質と接している時間を少なくすることです。被ばく線量は時間に比例して増加していきます。原子力発電所の職員の方の作業時間が厳しく決められているのはこのためです。2つ目は放射性物質との距離を保つことです。距離による被ばく線量は、放射線源の距離の2乗に反比例するといわれています。例えば、原子力発電所から1キロメートル地点での放射線量を仮に1とすると、10キロメートルの地点では1/10×10で、1/100(百分の一)になるといえます。3つは遮蔽(しゃへい)といって、コンクリートや鉛版などで放射線源をとじこめる方法です。現在の福島でのその作業を進めようとしています。遮蔽の威力は閉じ込めるための物質の密度によって効果が異なります。内部被ばくは主に食べ物や飲み物などを接種した場合に起こることが多いです。食品衛生法により暫定基準値が設定されていますので、これを上回るようなことがあれば市場には出回らないようになっています。

医療における放射線の活用

福島原発事故による影響もあり、放射線と聞くと恐いイメージを思い浮かべる患者さんも増えてしまいました。しかし医療現場では昔から放射線が活用されています。医療における放射線の利用は患者さんが利益を得る上でのことであり、原発事故とは根本的に異なっています。医療被ばくを恐がるあまり、放射線診療を受けないようなことになっては、適正な治療ができないことにもなりかねません。

国際放射線防護委員会の勧告は、前に述べたように、放射線の害、放射線を避けるための被害、放射瀬を利用するための利益を考えて勧告されています。平常状態で、公衆被ばく年1mSv, 職業人20mSvと勧告されている中で、医療被曝には上限がありません。放射線を利用する利益が害を上回るからです。

外部被ばくの検査を考えて見ます。検査はすべて100mSv以下で、急性影響も晩発影響も証明されていない線量です。100mASvよりはるかに低い線量です(表1)。そして検査の結果得られる医療上の利益は、被ばくの害を上回ることは間違いありません。内部被ばくの検査も、投与する放射性物質の種類が明らかで、生体内の動きも分かっています。検査で得られる以上の害を及ぼすことはありません。 但し、前に述べたポリシーとして医療における被ばく線量も少なくする努力は絶対に必要ですし、常にその方向で研究が進んでいます。

治療には、例えば癌の治療としてガンマー線、重粒子線などが外部被ばくとして使われています。癌を放置すれば死亡します。その癌を死滅させるために放射線を使用するのが放射線治療です。放射線の害とされる細胞を殺す作用を治療に使っていますので、放射線の害としては癌以外の正常な部分に影響を与えないようにというのが基本です。

放射線治療の方法も常に進歩しています。前に述べたように全身に浴びれば死亡するような線量を癌に集中して浴びせ、他の部分は安全に保つ方法も行われています。

医学者、製造業者など協力して、医療被曝の量を少なくして同じ益があるように常に努力されています。心配な場合は気楽に主治医に相談なさることを進めます。

おわりに

今回は長瀧重信先生による放射線への基本的な考え方と医療被ばくについての考え方についてお話をうかがうことができました。結論としては患者さんにとってのベネフィットを考えた時に、リスクを含めた判断が必要であるということになると思います。

医療被ばくについては、日本放射線技師会が「医療被ばくガイドライン-患者さんのための医療被ばく低減目標値-」を2000年に作成しています。このガイドラインによると放射線治療におけるエックス線単純撮影、造影撮影、IVR、エックス線CT撮影などの医療被ばくによる低減目標値を定めています。次の事項も決められています。「患者に直接の便益があり、EBMを基本とし、行為の正当化、防護の最適化が満たされ、患者に対して放射線診療のインフォームド・コンセントがなされていれば、その診療情報及び治療効果を確保するための医療被ばくに線量には制限を設けない」

また、日本放射線技師会は、医療被ばく低減施設の認定を行っています。医療被ばく低減施設とは、日本放射線技師会が書面や訪問による審査により、合格基準を満たした施設に対して認定をおこなっています。認定には、医療被ばく低減目標値を定めた「医療被ばくガイドライン」が基準に使われています。

取材にご協力いただいたドクター

長崎大学名誉教授 アジア大洋洲甲状腺学会名誉会長、国際被曝医療協会名誉会長 長瀧 重信 先生

1956年東京大学医学部医学科卒業、1961年東京大学大学院臨床医学専攻卒業、1961年アメリカ合衆国ハーバード大学医学部に留学、1963年東京大学医学部付属病院 助手、講師、外来診療所医長、1982年長崎大学教授(医学部内科学第一教室)医学部長、1997年財団法人放射線影響研究所 理事長、2002年社団法人日本アイソトープ協会 常務理事

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