【特集記事】がん治療医が「膀胱がん」に。
患者になってわかった、「がん早期発見の大切さ」と「早期緩和ケア」の必要性。

公開日:2019年07月31日

東京大学医学部附属病院 放射線科 放射線治療部門長の中川恵一先生は、放射線治療を専門とするがん治療のスペシャリスト。1985年に東京大学医学部を卒業して同放射線医学教室に入局以降、長きにわたってがん患者さんに向き合ってきました。がん対策推進協議会委員やがん教育検討委員会委員も務め、メディアや講演を通じてがん予防・対策の啓発活動を積極的に進める伝道師としての役割も果たしています。

そんな中川先生が、膀胱(ぼうこう)がんであるとわかったのが昨年2018年12月のこと。なんとご自身でエコー(超音波)検査をして発見されました。現在は術後経過観察中ですが、ご自身ががんになられたことで、がん治療医として新たな気づきがたくさんあったそうです。

目次

自ら行った超音波検査で偶然見つかった膀胱がん

私はがん治療の医師で、東京大学医学部附属病院で34年間にわたり放射線治療や緩和ケアに関わってきました。そんな自分が膀胱がんを患っていると気づいたのは、昨年2018年12月9日のことでした。

アルコールをたしなむこともあり脂肪肝(中性脂肪が蓄積し、全肝細胞の30%以上が脂肪化している状態)気味で、定期的に自分でエコー(超音波)検査をしていました。この日は大学の先輩の病院で月に1回の当直をしており、合間の時間を使って院内にある超音波検査機器で肝臓を見て、そのついでにすい臓や腎臓、さらには膀胱のエコー検査もしたわけです。

自覚症状はありませんでしたが、以前から肝臓と同時に膀胱もチェックする習慣があり、少しだけ気になっている部分でもがありました。それまでは真面目に検査したことはありませんでしたが、この日は画像が鮮明に映るよう膀胱にしっかり尿をためて臨みました。

すると悪い予感は的中することに。左の尿管が膀胱につながる尿管口の近くに15ミリほどの腫瘍が見つかったのです。すぐさまスマートフォンで画像を撮影して、泌尿器を専門とする後輩医師にメールで送ったところ、「がんの可能性は否定できません」という返事が届きました。

すぐ家内に電話をし、がんかもしれないと伝えると泣き出してしまいました。医師はまだしも一般の方にとってがんは死の病のイメージですから、それも仕方ありません。ですから、結局私の母親には長い間伝えませんでした。さすがに親だからなのか、「何か私に隠していない?」と後で問い詰められましたが。

日々がんに向き合っていても「自分がかかる」とは微塵も思っていなかった

一方、後輩からのメールにはがんでない可能性についても触れられていて、きっとがんではないに違いないと思っていました。みっともない話かもしれませんが、がんの専門医でありながら冷静な判断ができなくなっていたのでしょう。一縷(いちる)の望みにかける思いがあったことは否定できません。

しかし翌朝、その後輩医師に膀胱の内視鏡検査をしてもらったところ、粘膜の浅い場所にできた早期の膀胱がんだと確定診断を受けました。正直、なかなかのショックです。講演などでは「いまや2人に1人はがんになる時代です」と言っておきながら、自分がなるとは夢にも思っていなかったからです。

お酒は飲みますが日ごろからジョギングなど運動を心がけていてタバコも吸いません。何よりも人間は本能的に、自分が重い病気になるとか死ぬなんて考えないものです。客観的なデータはあっても自分事としてリンクしませんでした。

早期に仕事復帰してもつきまとう再発の不安

幸いというべきか、私の場合は膀胱の粘膜層にとどまっている早期のがんでした。仮にがんが筋肉層まで浸潤(がんが周囲の組織や臓器に広がっていくこと)すると基本的に膀胱の全摘手術を受ける必要があります。

そうすると「ストーマ」と呼ばれる人口膀胱を設け、尿を受ける袋をつけながらの生活になるのです。その場合、入院期間は長くなり術後の生活にも大きく影響しますが、そういった事態は避けられました。実際、12月27日に入院をして翌朝に手術を受け、大みそかには退院することができました。

私が受けたのは内視鏡による手術です。下半身に麻酔を打ち、尿道から太さ1センチ弱の鉄の棒を膀胱まで差し込み、モニターで見ながら電気メスで腫瘍を切除するというもので、時間にすれば40分ほど。再発予防のため、膀胱内へ抗がん剤も注入しました。

膀胱がんではBCG(ウシ型弱毒結核菌)を注入する標準的な治療法もありますが、痛みや発熱を伴うといった副作用の可能性があり、QOL(生活の質)の観点から私はあえて選びませんでした。

術後ですが、年明けには予定していた熱海旅行に出かけ、1月4日からは職場にも復帰。早期がんだったこともあり、治療しながら仕事も続けることができました。

ただし膀胱がんは再発しやすいことで知られ、心穏やかというわけではありません。3ヵ月に一度は内視鏡検査を受けています。

自分の体にもっと敏感に。がんの早期発見につながるアクションを心掛けて

今回の私のケースは、一般化できることではありません。医師であり自分で定期的に超音波検査も行っていたため、早期に発見することができました。「医師の役得」であり、一般の方はそうはいかないでしょう。

そもそも膀胱がんは人口10万人あたり30人程度※1の発生率。男女比は3:1で男性に多く、60歳以降のシニア層に多く見られます。危険因子として確立しているのは喫煙で、男性患者の5割、女性患者の3割はタバコが影響していると言われています。

※1. 年間の膀胱がん罹患者数 男性25人、女性7.8人(2014年、人口10万人あたり:国立がん研究センターがん情報サービス最新がん統計より)

ところが私は非喫煙者ですし、膀胱がんの多くで見られる早期発見のきっかけになる血尿も自覚できませんでした。言うなれば、脂肪肝のおかげで見つかったのです。

そう考えると、膀胱がんになったこと自体は運が悪かったのですが、早く見つけられたのは運がよかったといえます。思うに、がんになることは運の要素が大きく、私であれば、たまたま膀胱の細胞の遺伝子に傷がついて、がん細胞ができたということです。

がん患者さんはみずからの生活習慣を振り返り、自身を責めることもありますが、必ずしも明確な理由があるわけではないのです。

ただし、がんの早期発見につながるアクションは心掛けるべきです。例えば乳がんであれば自己触診は可能で、早期発見の約半数はこれで見つかっています※2。ところが、定期的に実践している方は35歳未満の女性で2割程度※3にすぎません。

※2. 日本乳癌学会編.全国乳がん患者登録調査報告 確定版 第44号2013年次症例より
※3. FWD富士生命保険株式会社「乳がんに関する調査」(2018年9月、全国20~50代女性1,410名を対象としたインターネット調査)より

日本人は自身の体に対して、もっと敏感になるべきだと思います。それを示すかのように、ヘルスリテラシー(健康に対する理解力)に関する国際比較調査でもデータが出ています。

「医師から言われたことを理解するのが難しい」と答えた人の割合は、EU(欧州連合)が平均15%、オランダが9%に対して日本は44%と高くなっています。また、「病気の治療に関する情報を見つけるのが難しい」と答えた人の割合はEUが平均27%、オランダが12%でしたが、日本は53%にものぼりました。

国別のヘルスリテラシーでも調査対象15か国のなかで日本は最低となっています。オランダがトップで、アジアでは台湾、ミャンマー、ベトナムより低いという結果でした。

出典:聖路加国際大・中山和弘氏運営サイト「ヘルスリテラシー 健康を決める力」
(https://www.healthliteracy.jp/kenkou/japan.html)をもとに作成

ヘルスリテラシーが低いと、病気や治療についての知識が乏しく、がん検診や予防接種などを利用しない傾向が高くなることがわかっています。結果として病状に気づきにくく、死亡率も高くなるのです。

日本人は体に関する知識や関心が低いようで、ことさらがんにおいて私は啓発する立場ですから、みずからの体験も踏まえて、さらなる活動が必要だと痛感しました。

中学校と高等学校ではがん教育が本格的に開始。大人のヘルスリテラシー向上が課題

文部科学省では2014年度から「がんの教育総合支援事業」を行い、全国のモデル校でがん教育を実施してきましたが、学習指導要領が改定されたことにより、今後は中学校および高等学校で本格的な取り組みが始まります。私も深く関わりましたが、教科書の内容も変わり、とても立派な出来です。今後取り組みが進めば、子どもたちはがんについてある程度の知識を持って大人になっていくことができるでしょう。

一方、すでに社会に出ている大人に対しての啓発は大きな課題です。とりわけ、今後は「人生100年時代」「女性の社会進出」がさらに活発になり、働きながら治療を受けるがん患者さんは増える見込みです。

50代前半までの若い世代では、がんと診断される方は女性の方が男性より多い傾向ですが、50代以降になると男性のがん患者さんが女性の数を追い抜き、急速に増えていきます。 定年が引き上げられたことで、今後働きながらがんに向き合う男性は多くなるでしょう。

出典:国立がん研究センターがん情報サービス がん登録・統計

以上のことから、企業におけるがん対策は急務といえます。従業員が安心して働き続けられるよう、早期発見につながるがん検診の周知・徹底、がんになった社員のための職場環境整備など、今後を見据えた早急な対応が求められます。厚生労働省の事業で私も関わった「がん対策推進企業アクション」は重要な取り組みですから、企業側にぜひ実践してほしいところです。

もちろん、自分自身でがんや治療に対する知識を養っておくことも重要です。例えば、膀胱がんに限らず、食道や胃、大腸がんの内視鏡手術は1週間程度の入院で済み、薬物療法は不要です。私の専門である放射線治療であれば、早期がんなら通院のみで治療も可能です。

当院の場合、肺がんは4回、前立腺がんなら5回の通院で、1回の照射時間は80秒ほど。仕事の合間に受けることができます。ところが、放射線治療を受けているがん患者さんの割合は日本でわずか25%と、アメリカの半分にすぎません。理由はそもそも治療できることを「知らない」方が多いというもので、ヘルスリテラシーの向上はやはり大きな課題です。

人生初の入院体験。がん患者になって思ったこと

私自身が、がん患者になり人生初の入院を体験したことで、わかったこともたくさんあります。患者にとって医師は絶対の立場だと感じましたし、看護師によるケアがとても重要だと痛感しました。動くことができず、痛みもある手術後などは、看護師の心配りが入院生活を左右します。

私の場合は下半身の麻酔が切れると下腹部に激しい痛みがあり、痛み止めの処方をお願いしました。内視鏡手術といっても膀胱を切り裂きますから、痛くて当然です。

それまで、緩和ケアというと終末期のがん患者さんに対するケアと考えていましたが、早期がんでも大切だと身をもって知りました。私は2003年から2014年まで緩和ケア診療部長を兼任していましたが、自分が患者になるまでわかりませんでした。患者さんが自身の痛みを伝えられる環境を整えると同時に、医師側も患者の痛みなどにもっと関心を持つ必要があります。

がん患者さんとの間に仲間意識が生まれた

がんを経験したことで、今までの考えが180度変わったというわけではありません。ただし、人生についていろいろ考えるようになりました。物事を先延ばしにすることも、やや少なくなったように思います。

また、私は診療に訪れる患者さんに、自分ががんになったことをなるべく伝えています。そうすると、連帯感が生まれるようになりました。

多くの患者さんは私がそうだったように「なぜ、自分が?」と思い悩み、自身を否定したり、孤独感・孤立感に苛まれたりする方も少なくありません。そこに私の体験を述べることで仲間意識が芽生えるようです。治療に前向きになってもらえることもあるので、それは良かったと捉えています。

がんになったことは、私にとって貴重な機会になりました。がんはわずかな知識や行動で、先の人生が大きく変わります。病院での患者さんとの向き合い方はもちろん、病院から外に出てがんに関する啓発活動に、より積極的に取り組んでいこうと考えています。

ポイントまとめ

  • 国別のヘルスリテラシー調査では、15か国のなかで日本は最下位。ヘルスリテラシーを高めて早期発見のために自分でできることは実践することが必要。
  • 人生100年時代や女性の社会進出で、がん治療と就労の並行が求められるように。そのためには企業のサポートも大切。
  • 医師をはじめとする医療従事者は、患者さんの痛みなどにもっと敏感になることが大切。早期がんからの緩和ケアも重要。

取材にご協力いただいたドクター

中川 恵一 (なかがわ けいいち) 先生

東京大学医学部附属病院 放射線科 准教授/放射線治療部門長
元がん対策推進協議会委員、がん対策推進企業アクション議長(厚生労働省)、がん教育検討委員会委員(文部科学省)

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