【特集記事】緩和ケアに取り入れられる音楽療法の可能性

公開日:2017年02月28日

目次

音楽によって身体や精神を改善する療法

  音楽療法は、日本音楽療法学会によって「音楽の持つ生理的、心理的、社会的働きを用いて、心身の障害の回復、機能の維持改善、生活の質の向上、行動の変容などに向けて、音楽を意図的、計画的に使用すること」と定義されています。狭い意味で言えば、セラピストが音楽を用いて精神的もしくは身体的な疾患の回復や改善を目指す療法です。

日本では、音楽療法士の資格は日本音楽療法学会が認定する民間の資格です。音楽療法士の中には、社会的なニーズに応えるために臨床心理士やソーシャルワーカーなどの資格を取得する方もいます。

近代の音楽療法が確立したのはアメリカで、主に精神疾患の患者さんを対象にしたものでした。その流れを汲んで、日本における音楽療法も精神疾患、認知症、発達障害、あるいはリハビリなどに用いられる場合が多くなっています。残念ながら、資格の問題もあり、音楽療法士が常勤の職員として病院に勤務しているケースは稀です。

音楽療法は、不特定多数を対象にしたものと、患者さんまたはその家族を対象にしたものに分かれます。不特定多数を対象にしたものは、病院や施設のロビーなどで演奏を行います。特定の方を対象にした場合は、その方の状態や好みなどを聞きながら選曲し、より個人に寄り添った介入ができます。

いずれの場合でも、対象となる人が音楽を「聞くだけ」の場合と「演奏する」「歌う」という場合があり、これらを組み合わせて介入していきます。また、極端な例だと、音のないセッションもあります。心身の状況によっては「音楽なんて聴きたくない」という場合もあるので、そういう時には静かに一緒にいるだけ、つまり、セラピストの存在そのものが音楽になるのです。

私の基礎となる専門は呼吸器外科ですが、緩和ケアの取り組みの中で音楽(療法)の力に支えられる場面があります。外科医が緩和ケアというと、真逆のことをやっていると言われることがありますが、私にとってはどちらも同じです。患者さんに今必要なものが手術であれば手術をしますし、それが緩和ケアであれば緩和ケアを行うというつもりでいます。

がん患者さんに行う音楽療法

  がん患者さんに特異的な音楽療法があるわけではありませんが、色々な意味で変化の速度が速い患者さんの心身の状態に合わせることがとても大切だと思っています。例えば、がんの診断を受けた直後には音楽を聴く気にはならないでしょう。

でも、その後、内視鏡検査や抗がん剤の点滴を受けている時にBGMとして音楽を取り入れることは、セラピーとまではいかなくても、患者さんの気持ちが楽になることにつながるとされています。

本格的な音楽療法ではなくても、患者さんがご自身で音楽を取り入れることは可能です。がんになっても、なるべく今まで通りの自分でいたいと思う方は少なくありません。「大丈夫、今まで通りの生活ができる」という反応を示す方が多くいます。

そんな時に今までの生活の中で聴いていた音楽を利用し、音を介してそれまでの自分を取り戻すことが可能になるかもしれません。また、家族や近しい人と一緒に、患者さんが好きだった曲を楽しむのもいいでしょう。

音楽療法を受けてみたいときは、緩和ケアチームやがん相談支援センターに相談を

  患者さんが音楽療法を受けてみたいと思った時は、少し大きな病院であれば緩和ケアチームか、がん相談支援センターに相談するといいでしょう。これらの人が情報を持っているとは限りませんが、希望を伝えれば調べてくれます。また、全国にある音楽療法士を育成する大学に問い合わせてみてもいいかもしれません。

音楽療法というと、デメリットがないものだと思われがちですが、副作用もあります。音楽は直接心に働きかけるので、予想外の情動反応を起こすことがあります。がん患者さんの場合、それまで吐き出せなかった感情が急激に顕在化し、止まらなくなる可能性があります。

そしてそれは、音楽(療法)を提供する立場の人間にとっても同じです。そうなった時の対応方法をしっかりと学んでいるのが音楽療法士です。したがって、音楽療法士ではない私が取り入れられる音楽(療法)には限界があります。ですから、私では対応が困難な方の場合は、音楽療法士さんに来てもらっています。

ただし、これは日本の制度の問題なのですが、「音楽療法」を医療として病院で取り入れると、保険で認められていない医療と認められている医療を組み合わせた混合診療になってしまいます。

そのため、病院で音楽療法を行う場合は、ボランティアとして協力してもらうか、他の療法の一部を担うような形式とせざるを得ません。それ以外にも、自宅に来てくれたり、個人の事務所で音楽療法を実施したりするセラピストもいるので、そういったところを利用する方法もあります。

音楽療法は、患者さんの家族も癒す――肺がんの患者さんの例から

  両肺に肺炎を起こし、人工呼吸器につながれて意識のない患者さんがいました。そのご家族、特に奥さんが、患者さんに苦しい思いをさせていることがつらいと悲嘆していました。

ある日、点滴台にCDプレーヤーがかかっているのを見つけたので、「旦那さんは、音楽がお好きなんですか」と聞いてみました。すると、奥さんは「演歌が好きなんです」と教えてくれました。そんな経緯があり、音楽療法士にきてもらい、演歌を中心に演奏してもらいました。

また、患者さんの出身地が舞台となった童謡も演奏し、その歌を家族と一緒に歌いました。患者さんが亡くなったのはそれから約1週間後でしたが、亡くなるまで毎日、その時に録音した童謡を流しながら家族が歌っていたそうです。

病院から自宅に戻られる時にその家族から、「病院の中で、これまで父親と一緒に過ごしてきた時間を共有することができた」「病院の中で自分たちにできることに出会えた」という言葉をいただきました。患者さんのほうを向いて行う音楽療法が家族をも救うことができるんだな、と実感したケースでした。

音楽療法を通して自分の中にあるものを形にできる――婦人科の患者さんの例から

  婦人科の患者さんで「なごり雪」が好きな方がいました。その方の状態が悪くなってきた時に、病室で「なごり雪」を演奏して歌うことにしました。旦那さんは看病するために泊まっていましたが、その時に初めて奥さんが「なごり雪」が好きなことを知ったそうです。旦那さんも歌詞カードを持って一緒に歌いました。

数日後、その患者さんが亡くなった時に旦那さんが「実は、あの後自分ひとりで何度か歌ってみたら、意識があるかないかはわからないですが、笑ったような感じがしました」と話してくれました。

この患者さんの場合は、歌を聴いたことによって心拍数が下がったとか、呼吸が落ち着いたとか、患者さんの身体的な何かが改善したわけではありません。しかし、患者さんとその家族の中にもともとあったけれど、自分たちも気付いていなかった関係性に気づくことができたのです。

旦那さんが「なごり雪」が好きだった奥さんのために歌いその時間を一緒に過ごすことができたということ、それにより自分たちの中にある答えに自らの力で到達することができたということが、私の中で緩和ケアと、音楽(療法)がぴったりと重なった瞬間でした。

「音楽療法」というと治療的な意義を期待してしまいますが、治療を目的として音楽を使用することと音楽(療法)が結果として効果的に働くことの違いに、また、音楽は患者さんと家族の中にあるものに自分たち自身で到達し、それを改めて形にしていくきっかけになり得るということに気付かされた印象的な場面でした。

エピソードの積み重ねで音楽療法の力を実感

  音楽療法の中には、精神疾患、発達障害、リハビリなど、エビデンスが確立しつつある分野もあります。しかし、緩和ケアだと、いろんな要素が複雑に絡み合うため、エビデンスの構築が困難です。

例えば、「なごり雪」の例であっても、曲がよかったのか、歌った人がよかったのか、場所がよかったのか、声の大きさがよかったのか、など要素が多様にあり、因果関係を科学的に証明することは非常に困難です。

近年はエビデンスがすべてという風潮もありますが、効果を科学的に表現することが難しいからと言って、その手法が無効だとは限りません。人は数字を生きているわけではないのです。

がん患者さんは、それまでの「普通の」自分自身を喪失してしまいます。自分が自分でなくなっていく恐怖に苛まれながら毎日を生きています。

音楽(療法)は、がんによって喪失した自分自身を取り戻す手助けになるのではないかと期待しています。

患者さんに知っておいてほしいこと

  医療が担当できる範囲は、人生という物語の中のほんの少しの部分に過ぎないということを知っておいてほしいです。もちろん、病気になったり、終末期を迎えたりした際に、医療が人生を支える大切な柱であることは間違いありません。

ですが、たった1本の柱でしかありません。体調が悪くなると、どうしてもその部分しか見えなくなってしまいます。特に病院の中で治療をしていると、その世界がすべてになり、治療することだけが人生のすべてになってしまいがちです。

しかし、大事なのはあくまでも患者さんの人生です。私たち医療者は全力で患者さんを支える努力をしているつもりですが、患者さんの人生という物語を理解する力がないと言うと言い過ぎですが、少なくとも得意ではありません。自分がなにを大切にしたいのか、自分の物語の主人公は自分自身だということを忘れずに上手に医療を利用していただきたいと思っています。

災害時の対処について

  私は、東日本大震災が起こった後、10日間宮城県の気仙沼市で医療支援をしていました。その時に一番困ったのが、「いつも飲んでるのは赤い薬」と言われたことです。薬の色だけでは、さすがになんの薬かわかりません。災害時に備えて、自分がどんな病気で、どんな状態で、どんな薬を飲んでいるのかを把握しておくことで、被災後も治療を継続することが可能になると思います。

また、私の印象では、がん患者さんは自分の病気のことを周囲に言わない傾向があります。言わなくても問題ない状態の方はいいのですが、医療用麻薬を使っていたであろう人もいて、痛みでつらそうなのに我慢していました。こういった時は我慢せずに伝えることが重要ですが、そのためにも自分の状態を普段からしっかりと把握しておいてほしいと思います。

中長期的な視点で考えると、仮設住宅に入ったあとに、なるべく家の外に出ることを心がけてほしいと思います。私は、震災後に岩手県の大槌町で傾聴ボランティアを行っていますが、仮設住宅に入ると引きこもりがちになってしまいます。引きこもると体を動かす機会も減りますし、人との交流もなくなるので、身体的にも、精神的にもいいことはありません。

甚大な被害状況の中で一から新しいコミュニティを作り直さなければならないのは、非常に苦しい作業です。とても苦しいことではありますが、積極的にコミュニティを再構築することで外に出るきっかけにもなりますし、それが結果として自分自身を再構築してゆくことにつながると思います。

取材にご協力いただいたドクター

儀賀 理暁(ぎか まさとし) 先生

埼玉医科大学総合医療センター呼吸器外科・緩和ケア推進室

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