【特集記事】大規模災害時のがん医療に求められるもの ~東日本大震災を経験して~

公開日:2016年10月31日

目次

患者さんは、なによりもまず、自分の命を守る

 もしも被災した場合には、なによりもまず、自分の命を優先してください。地方自治体によって予め指定されている大規模災害時の避難指示場所に避難することが第一です。避難が完了して初めて、現在行っている治療や今後の治療について考えます。

大規模災害が起こったとしても、数日で医療班が設営されるはずです。東日本大震災の際にも、指定されている避難所には数日のうちに医療班が巡回しています。巡回している医師に自分の情報を提供し、相談すれば対応してくれます。

「賢い患者」になりましょう

 患者さんの中には、「先生にすべてお任せします」といって、どんな薬を使っているかわからず、副作用も理解しないまま治療をしている方もいます。そうすると緊急時になにもわからなくなってしまいます。

治療や診察の際に担当医と話し合って、自分の治療法を自分なりに把握しておく「賢い患者さん」になることが大事です。理解できたかどうか不安な時には、「先生、こういう理解でいいですか」と確認してもらえると、医師としても、患者さんが理解できていることがわかるので、安心して治療に取り組むことができます。

服薬履歴を残しましょう

 大規模災害への備えとして、服薬履歴を残しておきましょう。内服薬に関しては、お薬手帳に記載されているので、災害時にお薬手帳を持参することで何の薬を飲んでいたのか把握することができます。抗がん剤は高価なものが多く、飲んでいた薬が災害時にすぐに手に入るとは限らないので、なるべく持参して避難しましょう。

ただ、薬を持参するのが困難な状況もあるので、そういう時のために、何の薬を何日から何日まで服薬予定だったか、という情報を残しておきましょう。最近は製薬会社が自ら販売する抗がん剤について、その作用と副作用を患者さん向けに分かりやすく記載した小冊子を発行していますが、これらの小冊子の多くには服薬日誌が付いていますので、積極的に使用することをお勧めします。

一方、点滴薬に関しては、現在の制度ではお薬手帳には記載する項目がありません。現在は、通院で外来化学療法(点滴薬)をしている患者さんも増えています。災害後に同様の治療を続けるためにも、内服薬だけではなく、点滴薬の名前と量もメモに残すとよいでしょう。

主治医から説明を受ける際に、治療について印刷したものを渡されることもありますので、それをお薬手帳に挟んでおくのもお勧めです。こういった履歴手帳(記録)のようなものを緊急避難グッズに入れておくとよいと思います。

震災後に、当院独自の取り組みとして冊子を作り点滴薬の情報や副作用情報を記載していましたが、外来の診察中に投与量や副作用情報を記載する作業が煩雑であり、長期的に継続することが困難でした。

この反省から、現在、診療の主流となってきている電子カルテに医師が記載する内容が、患者個人が持っている「お薬手帳」などと連動して、内服だけでなく点滴の抗がん剤投与履歴および副作用記録が自動で出力されるようなシステムが開発されればよいと思っています。

服薬履歴と共に副作用の情報も

 服薬履歴と共に残しておいてほしい情報は、副作用の情報です。副作用が起こった際に、減薬したり、支持療法を併用したりすることがありますが、その情報は必ず残してほしいと思います。副作用の情報がなければ、災害時に薬の名前がわかり、治療が再開できたとしても、標準的な量から開始しなければならないので、同様の副作用が起こります。

災害の時には物資が不足しがちなので、副作用が起きた時にもすべてに対応することが難しくなります。そういう意味でも副作用の情報があると、医療者も患者さん自身も助けることにもなります。

もしも飲んでいた薬がわからなかったら

 まずは主治医や病院に連絡できるかどうか確認してみてください。東日本大震災のような大規模な災害の場合、通院先の病院が災害によって閉鎖されてしまうこともありえます(実際にありました)。

がん診療連携拠点病院(注)など地域の中核的な病院に設置されている「がん相談支援センター」は同じ県内の病院であればどの先生がどこの病院にいるか(どの病院のどの医師が何の治療を専門としているのか)という情報を把握しているので、通院中の病院が閉鎖した場合でも、主治医の先生がどの病院で診察しているのか(後述の「緊急時に活きる、地域のネットワーク」の項をご参照ください)、あるいは代わりに診察や治療が可能な、同じ領域を専門とする医師のいる病院の情報を持っている可能性があります。

それでも連絡が取れない場合は、自分の病気や自分が飲んでいた薬の情報を書き出してみましょう。避難所を回る医療班の中には薬剤師もいるので、がんの種類や薬の色、形を伝えることで薬がわかることもあります。最低限、以下の項目を押さえておきましょう。

  1. ・がんの種類とステージ(進行期)
  2. ・これまでに受けた治療
  3. ・直近の治療日
  4. ・主治医と病院の名前
  5. ・薬の色、大きさ、形状
  6. ・がん以外にかかっている病気

(注)
がん診療連携拠点病院」とは、専門的ながん医療の提供、地域のがん診療の連携協力体制の整備、患者・住民への相談支援や情報提供などの役割を担う病院として、国が適当と認め、指定した病院のことです。「がん相談支援センター」を必ず設置することが指定要件に含まれており、そこでは住民からの問い合わせに対応すること(あるいは市民に地域のがん医療についての情報を広報すること)が業務として明記されています。実際、東日本大震災後に東北大学病院がん診療相談室では住民からの相談や問い合わせに対応し、治療先の病院の紹介などを行いました。

感染症対策をしっかりとる

 避難所に避難した際には感染症に気を付けてください。抗がん剤治療や避難生活の疲れによる免疫力の低下で感染症にかかりやすくなります。避難所は、衛生状態が悪く、隣に感染症の患者さんがいる可能性もあります。災害の直前に抗がん剤治療を行った場合は特に注意が必要です。

抗がん剤の副作用で、1~2週間後に免疫に関係する白血球の減少がピークになります。避難後に疲労が蓄積する時期と、白血球減少のピークが重なるので感染症にかかり、高熱や肺炎を起こす可能性があります。このような場合は、がんの治療よりも感染症の治療が優先されます。もし、このような状態(感染症)が疑われる場合はすぐに巡回医師に申し出てください。放置すると命に関わるような重篤な状態になる恐れがあります。

がんの症状が出たら、なるべく早く治療を

 抗がん剤による副作用やがんの進行による症状が出た場合には、なるべく早く治療を受けてください。副作用については、治療を始める際に担当医から説明を受けているはずなので、説明された副作用と合致する場合は、すぐに巡回している医療者に相談してください。自己判断で薬を減らしたり、増やしたりすることは避けましょう。

また、抗がん剤治療を受ける人は進行したがんである場合が多いので、がんの進行による症状が出ている場合も、急いで治療を受けましょう。

大規模災害はいつ起きてもおかしくない

 アメリカの公的機関では大規模災害におけるがん患者さんの対応マニュアルを作っており、東日本大震災の時に許可を取り、日本語に翻訳して避難所に配布しました。災害時の基本的な対応がまとめられているので、http://www.teamoncology.com/disaster/ からダウンロードして緊急用のバッグに入れておくとよいでしょう。

アメリカで作られたものなので、地震だけではなく、ハリケーンなどを想定したものになっています。近年、日本も気候が不安定になり、大型の台風や竜巻の発生などによっても災害が起こる可能性があるので、災害がいつでも起こりうるものだと思って念頭に置いておくことが大切です。

緊急時に活きる、地域のネットワーク

 東日本大震災の時には、震災直後は大きな病院は外傷者や重病者などの救急患者の受け入れで手一杯だったので、まず中小規模の病院でがん患者さんの受け入れを始めました。こういう中小規模の病院や診療所などで受け入れをするためには、医療者同士のネットワークが重要になります。

震災前に、某病院の肝臓内科の先生がC型肝炎の治療に関して地域の開業医の先生方と勉強会をするなど、ネットワークの構築を行っていました。津波によって、その先生の病院が閉鎖した時には、そのネットワークを活かし、開業医の先生に患者さんを送って治療をしてもらったり、ネットワークを作っていた診療所を巡回したりして治療を行っていたそうです。

このように、大きな病院だけではなく、診療所ともネットワークを作っておくことで、災害が起きた際に迅速な対応ができます。がんの治療の場合は抗がん剤を扱うので、C型肝炎と同様のやり方は難しいかもしれませんが、開業医の先生であっても過去に大学病院などで抗がん剤治療のトレーニングを受けた経験がある先生もいるはずであり、ある程度抗がん剤を扱える(内服の抗がん薬処方や採血による副作用のチェック)ようにしておくための勉強会をして、普段から地域のがん医療ネットワークの構築を心がけておくことも大切だと思います。

他病院でのデータ保管が治療に活きた

 震災の際に一番助かったことは、津波で流された病院のカルテ情報が、大災害に備えて協定を結んでいた他の病院に保管されていて、電子データとして残っていたことです。津波で流されてしまった病院と、山形県の病院が厳重な管理下で相互に医療データを共有していたのです。

東日本大震災の被害は「想定外」の規模であったとの意見が多い中で、とても先進的な取り組みであり、このような備えをしていた両病院の病院長を始めスタッフの皆さまの慧眼には感服します。

津波で流された病院には多くのがん患者さんがいて、治療の情報がわからない方もいましたが、こうしてカルテのデータを復活させることができ、震災前と同じ治療を継続することができました。このような取り組みはその後、カルテのクラウド管理の発想へと発展していくのですが、セキュリティの問題もあり、現時点でも完成はしていないと思います。

まだ解決すべき諸問題がありますが、こうした取り組みが広がっていくと大災害時の備えになると思います。

在宅の患者さんの対応が課題

 東日本大震災では、原発の事故があったので、近隣数十㎞圏内の方が全員避難しなければいけない状況になりました。その時に、がんの末期で在宅療養をしていた患者さんの対応に苦労しました。

最終的にはがん相談支援センターの職員が中心となり、福島県立医科大学の相談支援センターや近隣の別の病院のスタッフなどと協力しながら対応を試みましたが、交通事情もあり、非常に困難なケースであったと今でも記憶しています。このような問題は、大災害が起こった時には、必ず出てくるでしょう。

がんの治療法が発達し、抗がん剤の治療効果もよくなってきたので、患者さんの予後がよくなってきています。その結果、抗がん剤治療が終わっても、緩和を中心に行う在宅療養の患者さんは増えています。

避難所に行けばいいかといわれると、劣悪な環境の可能性を考えると、それも簡単には勧められません。やはり、患者さんが居住する医療圏で、緩和医療センターなどを備える中核的な病院(がん診療連携拠点病院など)と在宅医療機関が、いかなる時でも連携できる強固な体制を構築しておくことが重要だと思っています。

実は今回、厚生労働省はがん診療連携拠点病院の機能についての見直しを行い、こういった連携体制を強化するような変更を行っています。在宅のがん患者さんにどう対応していくかについて、国の方針に東日本大震災の教訓が活かされた結果なのかもしれません。

akiramenai_gk201611_dr02 【患者さんに知っておいてほしいこと】
私が日常の診療にあたる中で、「標準治療」を誤解されている方が多いと感じています。

言葉の響きや、漢字の意味から、「並の治療」「中間くらいの治療」と考える患者さんが多くいます。逆に、「先進医療」についても誤解されている方が多く、最先端の治療だから、「一番よく効く治療」「治る治療である」と思っているようです。しかし、実際は「標準治療」というのは、現在行われている治療の中で最も成績のよいという科学的根拠(臨床試験の結果)がある治療です。

また、「先進医療」は、将来標準治療になる可能性はありますが、まだデータが十分ではない治療です。そのため、現時点で最高の治療は「標準治療」なのです。患者さんがこうした言葉の意味を正確に知っておいてくれると、医師として説明をしやすくなりますし、患者さんも正確な情報を探せるようになると思います。

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