【特集記事】がん患者の心毒性に循環器医・腫瘍医の連携で取り組むcardio-oncology

公開日:2016年10月03日

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循環器の医師として、がん患者として

 病気は時代とともに変遷します。戦後間もないころの死因の1位は結核で、2位が肺炎、3位は脳卒中でしたが、抗生物質の開発や衛生状態の改善により、感染症で命を落とす人は減っていきました。国民皆保険が実現した 1961年には、1位脳卒中、2位がん、3位心疾患となりました。高度経済成長を経て日本人の生活習慣は変化し、脳卒中が減少し心疾患が増加するなど、疾病構造も変わりました。

そして、2010年には、1位がん、2位心疾患、3位脳卒中となっていますが、超高齢社会に入った現在、既に総死亡の約3割をがんが占めており、今後国民の2人に1人ががんを経験すると予想されています。

今から6年前に私は悪性骨軟部肉腫と診断されました。当時の日本には肉腫に関する情報が少なく、「手術のみでは余命は半年から2年、抗がん剤が効くかどうかは五分五分」と言われていました。そこで私は、何人もの医師に意見を聞き、相談をしました。

その結果、米国で発表された論文(2003年)から、手術の前後約2年間にわたり約20回の入院で抗がん剤を投与する方法があるとわかりました。まず客観的な事実を冷静に理解し、次に主観的な感情を徐々に受け入れ、そして家族や友人に助けられながら、長い治療期間を何とか乗り切ることができました。信頼できる情報や相談できる人にたどり着けたことは、重要な意味を持っています。

現時点で受けることができる治療はすべてしたので、あとは再発しないことを祈りつつ自己管理を続けるだけです。おかげさまでなんとか生存しています。これから少しでも長く、よりよく生きて社会に恩返しができればと思っています。

私は循環器の専門医として、またがん患者の立場から、今後日本のがん治療で重要になることについてお話しさせていただきます。

抗がん剤の心毒性は以前から知られていた

 がんの診断、治療が進歩するにしたがって、がん患者の生存率が上昇し、がんはもはや不治の病ではなくなってきました。サバイバーの数が増加するにつれ、むしろがん以外の疾患で亡くなることが多くなってきています。

抗がん剤が原因で起こる循環器系の合併症、特に心毒性のリスクは重大な副作用の1つですが、最近開発された分子標的薬の進歩について、循環器医の間ではまだあまり注目されていません。心毒性は、文字通り心臓に悪影響を及ぼす毒性のことで、心筋障害が進展して心不全を招く可能性があります。

例えば、乳がんの治療成績は大幅に向上しました。海外の研究で、乳がんと診断されておよそ9年を過ぎるころを境に、がんによる死亡より心疾患による死亡のほうが多くなるという研究結果が2011年に示されています。つまり、がん治療の更なる改善には心疾患への配慮が必要な時代を迎えたというわけです。

以前から、抗がん剤の中でもドキソルビシン(アドリアマイシン)などのアントラサイクリン系の抗がん剤は用量依存性に副作用が現れやすく、一定の投与量を超えると心不全を発症する確率が急激に上昇することが知られています。アントラサイクリン系抗がん剤を投与した患者の1割弱に心毒性が発生し、その大半は化学療法終了から1年以内に発生するという報告もあります。

したがって、心電図検査や心エコー、そしてBNPやトロポニンなどのバイオマーカーをモニターするなど、化学療法の前後で心機能を定期的に評価するなど、心毒性の予防や早期診断が重要です。

最近開発された分子標的薬などにも、心不全、血栓症、高血圧、不整脈などの循環器系の副作用があることがわかってきました。さらに、アントラサイクリンと分子標的薬を併用すると、それぞれを単剤で使用した場合に比べて心疾患の発症率が相乗的に上昇するという研究結果も報告されています。

このように、循環器医の間では抗がん剤の心毒性は以前から知られていたものの、最近開発された分子標的薬やその併用療法はあまり知られていません。また、化学療法だけでなく、放射線治療でも心不全、心筋梗塞、弁膜症などの心疾患が起こるリスクがあります。今後、こうした情報をいかに共有し、治療につなげていくかということが重要な課題です。

cardio-oncologyの流れは米国から始まった

 がん領域と循環器領域で診療科の枠を越え、医師をはじめとする医療従事者が横断的に連携して治療にあたるのがcardio-oncologyの考え方です。1300万人を超えるがん経験者を抱え、大半が働き盛りの世代という米国ではすでにcardio-oncologyが確立されており、テキサス州立大学MDアンダーソンがんセンターをはじめ、スローン・ケタリング記念がんセンター、クリーブランドクリニックなど、先進的な医療機関ではcardio-oncologyの部門がすでに稼働しています。

研究面では、 2013年3月に米国国立衛生研究所(NIH)で開かれたワークショップが大きなターニングポイントになりました。がん領域と循環器領域の連携をテーマに産官学の専門家が一堂に会し、基礎・臨床・疫学研究のすべてにおける過去と現在を確認し、将来の方向性を含めて詳細な議論が行われました。

その中で、心毒性のメカニズムの解明や、診断のためのバイオマーカーなどの研究、治療薬の開発が強く望まれました。

このワークショップは欧米の医学界に大きなインパクトを与えました。翌2014年以降、米国心臓病学会(ACC)、米国臨床腫瘍学会(ASCO)などが学術集会でシンポジウムを開催し、論文発表が増えるとともに、2016年には米国医薬食品局(FDA)のワークショプを開催、欧州心臓学会(ESC)はガイダンス文書を公表しています。

日本はいまがcardio-oncologyの黎明期

 日本では、まだcardio-oncologyは十分浸透していません。例えば、研究面では今年開催された日本循環器学会学術集会の発表演題をキーワードで検索してみると、「cancer」に対しては32件がヒットしますが、「chemotherapy(化学療法)」は4件、「anthracycline(アントラサイクリン)」3件、「trastuzumab(トラスツズマブ)」2件と少なく、「pertuzumab(ペルツズマブ)」、「dexrazoxane(デクスラゾキサン)」に至っては1件もヒットしません。

それでも、医療面ではがんを専門とする医療機関と循環器を専門とする医療機関や総合病院が提携を開始するなど、前進する兆しが見えています。また、9月23日に開催された第64回日本心臓病学会学術集会では「重要性を増すcardio-oncology」をテーマにシンポジウムが行われ、大阪府立成人病センターの向井幹夫先生や京都大学の南学先生など、cardio-oncologyにいち早く取り組んだ先駆者を中心に、日本における教育、診療、研究の現状や、将来的な産官学連携の可能性などについて、わが国でも議論が始まりました。

それでは、循環器医と腫瘍医が連携して具体的に何をするべきか――例えば私が今、がん化学療法を開始するとします。まず化学療法の開始前に心血管危険因子や心機能といった情報が循環器医と腫瘍医で共有されることで、全体的なリスクを推測する必要があります。

次に、化学療法施行中に画像診断やバイオマーカーを定期的に観察し、治療計画の継続、中断、あるいは中止を判断します。がん治療のリスクを最小化し、効果を最大にする判断です。最後に、化学療法終了後の心保護療法や心リハビリテーションです。がん患者をたらい回しにするのではなく、がん患者を中心としたチーム医療の実践が重要です。

がん治療は再発・転移を防ぎ、生命予後を延ばし、できれば治癒を目指すことが目標です。「木も(・)見て森も(・)見る」――循環器医と腫瘍医の連携でゴールを目指し大きな一歩を期待したいと思います。

【患者さんに知っておいてほしいこと】

 誤った知識は病気より怖いということを、まず強調しておきます。がんに関する夥しい情報のなかから取捨選択することは簡単ではありませんが、正しい情報と信頼できる相談相手を見つけて、がんと向き合ってほしいと思います。

私と同室の患者さんの中には一縷の望みを託してエキセントリックな情報に身をゆだね、亡くなっていった人もいました。できるだけ早い段階で科学的根拠のある情報を得て、治療に取り組むことが大切です。がんとの闘いは情報戦です。正しい情報を選択する目利きの技術を身につけてほしいと思います。最善を尽くし悔いなく生きてほしいと心から願っています。

【災害時の対処について】

akiramenai_gk_dr201610_img02 私は抗がん剤治療の最終段階の時に東京で東日本大震災に遭いました。当時、私は白血球数が減少していたので、白血球を増やす注射を打ちに通院しなければなりませんでした。長期間入院していたため、全身の筋力が落ちて、そのうえ抗がん剤による治療を受けていたため貧血状態でした。

活動量が低下しているため十分に動けず、その半面、体重が増え、階段を登ることさえままならない状態でした。そういう状況で、病院に行くのもつらかったですが、そのうえ震災の影響で交通網が混乱し、しかもまだ寒い時期で、いろいろな困難の中で活路を探していました。

私は医師ですから、がんの外科治療や抗がん剤の効果や副作用に関する知識があり、自分がすべきことをわかっていたので、常に自己管理を心がけていました。非常時に限らず、特にがん患者の療養生活は自己管理が大切です。災害時にはそれがおろそかになりがちです。

したがって、自己管理の習慣を平常時から整えてほしいと思います。がんという病気は「先生にお任せします」という姿勢では立ち向かうことはできないことを認識し、処方通りに服薬し、規則正しい生活を送り、リハビリテーションに励みながら自己管理を心がけてください。

取材にご協力いただいたドクター

佐瀬 一洋 先生

順天堂大学大学院医学研究科 臨床薬理学 教授

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