【特集記事】患者さんの希望を叶える、最新の頭頸部がん治療

公開日:2016年08月31日

目次

頭頸部がんの危険因子は飲酒と喫煙

 頭頸部とは鎖骨の上から脳の下までの領域です。頭頸部がんという場合、その領域にあるすべてのがんが含まれます。具体的には、咽頭がん、喉頭がん、舌がん、耳下腺がんのほか、珍しいがんだと外耳がんや中耳がんなどもあります。

喉には2本のパイプのような通り道があります。前方にあるパイプが喉頭で、空気の通り道であると同時に声を出す機能も担っています。後方にあるパイプが咽頭で飲食物の通り道です。頭頸部がんは大きくなってくると、容貌に変化をもたらします。

また、頭頸部は体内の玄関口なので障害されると、うまく食べることができず、栄養を取り込むことができなくなります。それだけではなく、空気を取り入れる窓口でもあるので、呼吸にも影響を及ぼします。頭頸部がんの危険因子は主に飲酒と喫煙です。飲酒によって顔が赤くなる人はフラッシャーと呼ばれており、頭頸部がんにもなりやすいと言われています。また、咽頭がんのなかには、ヒトパピローマウイルスやEBウイルスなどが関与して起こるがんもあります。

頭頸部がんの中で多いのは喉頭がんです。飲酒や喫煙を好む人に多く、男性の患者さんが多いことが知られています。頭頸部がんは、特徴的な初期症状が乏しいのも特徴です。口内炎が治りにくいという理由で受診し、舌がんが見つかることもありますが、頭頸部がんに特異的な症状ではありません。喉頭がんの場合、声帯にできものできるので、初期症状として声がれが起こります。ただ、風邪をひいた時にも声がれが起きますので、これも特徴的な症状ではありません。

私の経験上、「首が腫れた」という症状で来院する患者さんも少なくありません。頭頸部がんは首のリンパ節に転移しやすく、首が腫れてきた場合は頭頸部がんも考える必要があります。診断方法は、内視鏡を用いた視診が中心ですが、場合によってはリンパ節の生検もします。少し腫れたくらいだと外からわかりにくく、痛みもないため放置する患者さんも多いですが、首の腫れに気付いた場合は一度医師に診てもらうことをお勧めします。

患者さんの術後生活を考えたバランスのいい治療法選択

 当院で行っている主な頭頸部がん治療は、手術、放射線、分子標的薬を含む抗がん剤です。咽頭がんでは、サイズが小さい場合は低侵襲手術も行います。当院では先進医療B()というカテゴリーでロボット手術を行っています。これは日本国内では当院を含め3病院でしか行われていない取り組みです。ロボット手術は喉などを切開せず経口的に行うので、侵襲が小さいことがメリットです。そのため、1週間程度で退院することも可能です。

頭頸部がんでは、抗がん剤による治療での根治は期待できません。したがって、根治治療としての選択肢は手術か放射線のどちらかになります。その後の生活をどのように送りたいかをよく考えて治療法を決めることが重要です。

進行喉頭がんで放射線を選択した場合、喉を切除しないため、治療後も声を温存することができます。しかし、放射線によって喉はダメージを受けているので、嚥下機能に障害がでます。声を残す場合には、誤嚥の可能性が高くなるのです。手術を選択した場合、喉頭を摘出するので、声の機能を失います。しかし、再建するときに食事と空気の通り道を分断するので、誤嚥の心配がなくなります。

治療方針を決定する際には、治療のメリットとデメリットを患者さんに理解してもらったうえで、患者さんの希望をしっかりと聞き取るようにしています。特に進行がんの場合、声を失ったり、食事に問題が起きたりすることも多いので、患者さんとよく話し合ったうえで、治療法を選択しています。

当院では「ケモセレクション」と呼ばれる試みをしています。抗がん剤が効く患者さんには放射線が有効なことが多いので、1度抗がん剤を試し、放射線による治療で効果が期待できるかどうかをセレクションするのです。もしもここで効きが悪いとなれば、手術という選択肢になります。

治療選択の際に重要なのは、患者さんがなにを重視しているのかをしっかりとくみ取ることです。「病気が治る」ということと、「いかに生きるか」ということは全く違います。われわれ耳鼻咽喉科・頭頸部外科医は、“顔と頸”を扱っているので、病気を治すことと「いかに生きるか」のバランスを大事にしなければいけません。多くの選択肢の中で、その患者さんにとって最良の治療を選んでいくことが重要となります。

患者さんによっては選択肢が多すぎると迷ってしまうこともあります。その場合はできるだけ理論的に説明をした後に、患者さんの希望を踏まえた上でお勧めの治療法を提案しています。患者さんの希望を叶えるためには、どの治療もハイレベルで行う必要があります。

例えば、手術しかできない施設であれば、無理にでも手術で対応しようとします。放射線科、化学療法科の力が強い施設だと手術の選択肢自体が提示されないかもしれません。そういった事態を回避する意味で、どんな治療もハイレベルで行うことができるバランスが重要だと考えています。

拡大手術後も患者さんが望む生活を

 拡大手術では、手技の差が顕著にでます。手術時間15時間以上という施設も少なくありません。当院では7~9時間程度で行っており、患者さんの体への負担も少なく、早期回復、早期退院が望めます。また、切除部分が大きくなると、再建のために皮弁といって体のほかの部位から皮膚や筋肉を移植する必要があります。

その場合、患者さんのその後の人生を考慮しなければいけません。例えば、若い女性に再建術を行う際に、おなかの筋肉を使ってしまうと出産に影響します。患者さんが料理人の場合、手の皮膚を使うと、仕事に支障が出ます。そういった一人一人の人生を考慮し、治療方針を決定していくことが必要です。

手術を選択し、声を失っても、声を取り戻す方法があります。以前からの代用音声として電気喉頭や食道発声があります。近年では第3の方法として、気管食道シャント法が普及しつつあります。気管食道シャント法とは、気管と食道をつなぐ器具を挿入し、その器具に空気が通ることで食道の粘膜を震わせ、声が出せるようになるという方法です。

電気喉頭は、機械を外から首に当て、咽頭の空気を振動させることで声を出します。声は機械音になってしまいますが、術後一週間程度で使いはじめられますし、簡便です。食道発声は、習得するのが難しいですが、発声は肉声に近く、一度覚えてしまえば、器具もケアも不要で、手もふさがりません。気管食道シャント法はその中間で、比較的簡単に肉声に近い声を得ることができますが、生涯にわたり器具の定期的ケアを必要とします。

電機喉頭 食道発声 シャント法
習得難易度 容易 難しい 比較的容易
声の質 機械音 かれた声 かれた声
手がふさがるか 片手がふさがる ふさがらない 片手がふさがる、またはふさがらない
メンテナンス 電池の交換など 不要 3~9カ月ごとの通院、器具の交換

 私はシャント手術を行うかどうか決めるのに、半年~1年間は様子を見てもらうようにしています。声を失った直後はそのことばかりが気になり、声を取り戻したいと思います。しかし1年ほど経つと冷静に判断できるようになり、患者さんの希望も変わってきます。

筆談でもコミュニケーションはとれますし、日本人はもともと器用なので食道発声を覚えることが出来る患者さんも少なくありません。簡便性から電気喉頭で満足される方もいらっしゃいます。

また、気管食道シャント手術を行うと、再発した際の治療が難しくなるというデメリットもあります。再発は1年以内に起こることが多いので、その期間は様子をみて、希望があればその後シャント手術を行う、という方法を勧めています。ほかの病院で拡大手術を受けた患者さんのシャント手術にも相談にのっています。

耳鼻咽喉科・頭頸部外科医は指揮者、チーム医療はオーケストラ

 頭頸部がん治療は、医師、薬剤師、看護師、言語聴覚士、社会福祉士など多くの職種の協力が必要で、まさに多職種によるオーケストラ演奏なのです。一言に医師と言っても、脳に近い部位の手術を行う場合には脳神経外科、腸管を用いた再建を行う場合には消化器外科、移植血管吻合には形成外科など多岐にわたる科に協力していただく必要があります。

嚥下専門看護師による指導や言語聴覚士によるリハビリのほか、治療後の生活をフォローするためには社会福祉士などの関与も大切です。

咽頭がんや喉頭がんの患者さんは、お酒やたばこが好きな人が多く、治療後のフォローが重要になります。われわれ医師は病院内での付き合いになり、日常生活まではなかなか踏み込めません。そういったときに、社会福祉士の方に協力してもらって、生活指導を行います。一方、必要以上に制約の多い生活は、本人にとって心理的負担となります。

状況にもよりますが、お酒を飲むことが楽しみの人で、節度を持てる場合には、家族にもサポートしてもらい、量を決めて飲み過ぎないようにしながら生活する方が、本人にとって生活の質という点で望ましい場合もあります。

患者さんに知っておいてほしいこと

 「必要以上に不安がらず、必要以上に疑わず、信頼できる医師を探しながら情報を集める」ということを心がけてほしいと思っています。ただ、副作用なく100%治る治療法はない、ということも知っておいてほしいのです。どんな治療法にも必ずメリットとデメリットがあります。

メリットにばかり目がいき、デメリットについてきちんと理解することができないまま治療が始まると、「思っていたのと違う」ということになってしまいます。がんは進行するので、ある程度短い期間で治療方針を決めなければいけません。

しかし、不安を残したまま治療を開始するよりは、1か月間くらいなら情報を集める時間に費やしてもよいと思います。私が担当医になる際に心がけているのは、患者さんの治療コーディネーターの役割を担うことです。

担当医として、セカンドオピニオンを希望する場合はどうぞ受けてください、という姿勢を示すようにしています。そのうえで患者さんが見つけてきた治療法の真偽を判断する協力をしています。インターネット上で見つけた情報には医学的根拠のない話も多くあります。気軽に相談してもらえれば、「その治療法は今回の場合には当てはまらないですね」とアドバイスをすることもできます。

また、手術前日に入院することもあるので、診察時にできるだけ疑問点を解決してもらうようにしています。診察時間をあらかじめ2枠とったり、今後の治療方針をまとめたものを印刷して渡したりしています。

震災時に知っておいてほしいこと

akiramenai_gk201609_tk_img

 頭頸部がんの患者さんにとって術後早期に自分自身で処置をしたり、食事のリハビリをしたりすることは難しいと思います。近隣の県で自分の状態をバックアップできる病院を探しておくのも有効かもしれません。

患者さんにできることがあるとすると、

  • ・永久気管孔が開いている場合は、簡易吸引器具の準備
  • ・声が出ないことなど自分の状況が周りに伝わるメモなどの準備
  • ・名前や連絡先などを記載したメモを携帯すること

などでしょうか。医療行為にはある程度の器具や道具が必要なので、患者さんのみでの対応が難しいのが実情です。食事リハビリ中の方なども、近隣の病院で対応してもらうことが必要です。われわれ医療者が積極的に情報を発信し、患者さんを受け入れる姿勢を示すことが大事だと思っています。

(注)
先進医療には、「先進医療A」と「先進医療B」があります。用いる医薬品や医療機器などが薬事法上の承認・認証・適用がある場合、または承認などが得られていない検査薬などを使用した場合でも、人体への影響が極めて小さいものが「先進医療A」です。これに対して、薬事法上の承認などが得られていない医薬品や医療機器を用いても、一定の条件を満たしたもの、または薬事法上の承認などが得られた医薬品や医療機器を用いる場合でも、安全性や有効性などを検討するために、実施に当たって実施環境や技術の効果などについて特に重点的な観察・評価が必要とされるものが「先進医療B」です。

取材にご協力いただいたドクター

塚原 清彰 先生

東京医科大学耳鼻咽喉科・頭頸部外科学分野 主任教授

関連記事

※掲載している情報は、記事公開時点のものです。