【特集記事】AYA世代病棟の挑戦 思春期、若年成人のがん患者さんの治療、ケアを集約

公開日:2016年05月31日

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小児からAYA世代へ 求められる継ぎ目のない診療体制

 国立がん研究センターによると全国のがん罹患数は約80万人(全国年齢階級別推定罹患数、2010年)と推定されています。そのうち、60歳以上が全体の8割を占めます。一方、15歳未満は約1,700人と1%にも満たない状況です。

小児がんは15歳未満に起こる悪性腫瘍の総称で、がん全体の1%を占めます。種々のデータから、年間2,500人程度が小児がんに罹患し、小児の年齢別死亡原因の1~3位となっています。小児がんの中では白血病が最も多く、全体の30~40%を占め、脳(脊髄)腫瘍、悪性リンパ腫、神経芽細胞腫、骨軟部肉腫がそれに続きます。

血液のがんである白血病、悪性リンパ腫を除くと、どれも大人ではまれな病気ばかりで、逆に胃がんや肺がん、大腸がんなどは小児ではほとんど見られません。小児がんの原因は明らかではありません。一部の症例は、発症に遺伝的要因が関わっている可能性が示唆され、生活習慣は主要な原因ではないと考えられています。

小児がんは、抗がん剤の開発、治療法の進歩などで1960年代から経年的に治癒率が向上しており、現在、7、8割の患児が病気を克服し、長期に生存することが可能になっています。

「AYA(adolescent and young adult:アヤ)世代」は、子どもが学童期から思春期に移行し、青年期を終えて大人になるまでの過渡期を指しており、米国では15歳~29歳程度の人達を指しています。日本でもAYA世代の概念が浸透しつつあります。

国内のAYA世代のがん罹患数は約4,800人(全国年齢階級別推定罹患数、2010年)と推定されています。AYA世代のがんは、発生部位が多臓器にまたがっており、小児型のがんと大人型のがんが混在しています。また、AYA世代になって小児型のがん、大人型のがんが発生することもあります。このように多様性が見られるのがAYA世代のがんの特徴です。

AYA世代のがんは、小児がんと同様に治癒率が高いのですが、治療の進歩を表す指標の1つである、5年生存率改善の割合は他の世代に比べて低く、がん治療の進歩の恩恵を受けていないことが海外の研究でわかっています。さらに、公的補助など社会的支援が乏しいことも指摘されています。たとえば小児慢性特定疾病の医療費助成は最長20歳までが対象であり、40歳以上に給付される介護保険の対象にもなりません。

子どもが発育途中でがんに罹ると、成長や時間経過に伴って、がんそのものによる影響や、治療の影響によって生じる小児がん特有の晩期合併症が見られることがあります。具体的には、成長や発達への影響、生殖機能への影響、臓器機能への影響、さらにはがんの再発(二次がん)などです。

AYA世代のがん患者の絶対数が少なく、効果の高い治療方針が十分に確立していないのが現状です。また、日本の多くの医療機関では小児科の対象年齢は15歳ぐらいまでと制限があるため、AYA世代のがん患者さんに対する継ぎ目のない診療体制が求められています。

無菌エリアや「プレイルーム」で患者同士が交流

 このように、希少で特殊であるがゆえに実態の把握が困難で、その世代に求められる特殊な医療の手が十分に届かなかったAYA世代のがん患者さんを一カ所に集めて診療を行い、さらには進学、就職、結婚などに関する心理面の支援も視野に入れたケアを提供する目的で、当院は昨年6月に、整形外科、小児科、AYA世代の病棟(38床)を開設しました。

もともと当院では小児科と整形外科がチームを組んで肉腫を中心とした小児がんの診療に取り組んできました。また、血液・幹細胞移植科とは白血病の治療で協力し合ってきた経緯もあります。そこで、既存の病棟(病室)の一部を改修して小児科と整形外科を中心に、より密に連携できるように整備しました。

AYA世代病棟の中で小児科は、各種固形がんに対して整形外科、頭頚部外科、脳神経外科、放射線治療科、陽子線治療科などと連携して、患者さんの年齢を考慮した治療を行っています。また、リハビリテーション科、歯科口腔外科、形成外科、腫瘍精神科などとの協力体制で支持療法を行っています。

治療を受けているAYA世代の患者さんは、ほとんどが小児型のがんで、胃がん、乳がん、大腸がんなど、大人型のがんの患者さんはいません。これらは同じ悪性腫瘍でも肉腫とは違い、求められる医療の質も異なります。

まずは小児型のがんを中心に必要最小限のインフラを整備し、医療の質と安全を担保したうえで新病棟のスタートとなりましたが、AYA世代のがん診療を臓器別に展開する場合の病棟のあり方としてどのようなシステムが妥当なのかを今後検討していく考えです。

AYA世代病棟には、がん治療で免疫力が低下した時のことを想定して、感染症を予防するための無菌エリアが整備されました。また、「プレイルーム」を設けて、患者さん同士が交流できるようにしました。ほかにも、個室を陰圧室に改修するなど、良好な療養環境を整えました。患者さんや家族の心理面を支える専門のスタッフも配置しています。今後は整形外科、血液・幹細胞移植科のほか、脳神経外科、頭頚部外科など、さまざまな診療科との連携が必要になります。

「勇気と希望を持って病気に立ち向かって」

 人生経験の浅いAYA世代は、ともすると人生に大きく影響するような大切なこともよく考えずに決断してしまうことがあります。たとえば、がんの告知を受けたショックで衝動的に大学に退学届けを出したり、なかには診断を受ける前に退学の手続きをとったりする大学生もいます。退学届けが一度受理されると復学するのは容易ではないでしょう。

がんになったからといって学校を辞める必要はありません。がんが治って大学に復学したり、職場に復帰したりする自分の姿を想像してみてください。強力な抗がん剤の治療を受け、つらい思いをしながら、大学でもう一度勉強をする姿や、仕事で活躍する姿を思い描く余裕はないかもしれませんが、勇気と希望を持って病気に立ち向かうことを期待しています。近年はさまざまな抗がん剤が発売され、新しい治療法も開発されています。病気を克服してもう一度将来の夢に向かって挑戦してほしいと思います。

周囲に同じ境遇の仲間や、助言してもらえる人がいれば、みすみす将来の可能性を摘んでしまうこともないはずです。AYA世代病棟には、高校を留年して療養に専念し、復学後に頑張って勉強の遅れを取り戻した患者さんや、休学して無事大学を卒業した患者さんもいます。

外来受診のついでに病棟に立ち寄ってくれる患者さんから、「留年したけど、大学を卒業して、いまは元気に仕事をしている」といった話を聞くこともできます。これまで一般病棟で大人のがん患者にまじって孤独な思いをしてきた若年の患者さんもAYA世代病棟で仲間ができると、孤立感が軽減され、安心して治療に取り組むことができるようになります。

また、一般病棟では頻度として少ない課題も、AYA世代病棟では重要なテーマとしてすくい上げられることがあります。たとえば、がん治療と妊孕性の問題は若年世代の患者さんにとって重大で、がんの治療を開始すると妊孕性(妊娠する力)が失われる可能性があり、二次性徴が訪れているAYA世代の患者さんへの治療開始前に精子保存や卵巣凍結保存などの検討を行ったりします。こうしたケアを通じて医療スタッフにも知識が蓄積され、経験値として積み上げられていきます。

若者が集まることで特有の人間関係や連帯感が生まれます。AYA世代は、ソーシャルメディアを使って仲間の輪を広げたり、社会に向けてさまざまなメッセージを発信したりすることが得意です。こうしたAYA世代の独特の「文化」のなかで医療側はどのようなケアを提供すべきかを考えていくことも重要です。

アポロ計画から学んだコンセプト

akiramenai_gk_tk_img 当院のAYA世代病棟の目標はがんを治すことだけでなく、患者さんががんを克服し、笑顔で学校や社会に戻るまで医療が支え続けることです。1969年の米国・アポロ計画で人類は月面に着陸することに成功しました。この計画のポイントは、人類が月に到達することだけではなく、乗組員が月から地球に無事に生還することが最終的な目標だったことです。そのコンセプトからの学びを、小児がん、AYA世代のがん治療に生かしていきたいです。

AYA世代のがんの治療、研究は日本でも本格的に始まったばかりです。当院のAYA世代病棟はその足掛かりの1つです。

子どもから大人への入り口でがんに罹ることは、人生の大きなつまずきです。われわれ医療者を含めた社会が、弱者に陥りがちなAYA世代の若者を支援して、病気から回復し、その人らしく社会に貢献してもらう仕組みを作っていくことが大切です。日本には元来、患者をていねいに診る風土があります。

国民皆保険制度をはじめ、世界に誇れる社会資源がいくつもあります。がんになってももう一度社会に戻ろうという気持ちを支えていくための医療を、AYA世代病棟というがん診療の1つのモデルとして可能性を探っていきたいと考えています。

取材にご協力いただいたドクター

石田 裕二 先生

静岡県立静岡がんセンター 小児科部長 

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