【特集記事】認知症は神様がくれたプレゼント

公開日:2016年02月29日

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精神科疾患も診る外科医

 私は、大学卒業後、東京医科大学胸部外科、国立がん研究センター研究所、福島県県南地域の中核的医療センターである会田病院、埼玉県上尾市の中核病院である上尾中央総合病院などを経て1993年に開設された当院の院長に就任し、現在に至っています。もともと胸部外科が専門で肺がんの研究・治療をはじめ種々の呼吸器疾患の診療に携わってきました。

会田病院では、専門外の心筋梗塞、糖尿病、高血圧、腰痛、しびれなどさまざまな疾患、症状など、なんでも診られるゼネラリストが求められました。多くの患者さんを診ていく中で、特にがん患者さんには精神的な悩みを持っている人が多いことがわかり、私は精神科領域の勉強をしました。認知症や精神疾患を持つがん患者さんを診る機会もありました。これらの患者さんの中には認知機能障害や精神症状でコミュニケーションがうまくとれないため、受診を敬遠される人も少なからずおられました。

その後、埼玉県の上尾中央総合病院の救命救急、呼吸器科の医長になりましたが、そこでも認知症のがん患者さんが難民化する現実に直面しました。同病院では、認知症を抱えるがために適切な治療を受けられない患者さんらが安心して受診できる医療機関をつくろうという計画がありました。そうした背景で誕生したのが当院です。

そして、「精神科疾患も診る外科医」の私に白羽の矢が立って院長に就任しました。認知症があろうが、どんな精神疾患が合併していようが、救いを求めてくるがん患者さんを受け入れ診てきた総合研修医としての経験を活かそうと考えました。

当院は精神科に心療内科、内科を併設する約400床の施設で、がん治療を終えた後の認知症患者さんのケアも行っています。認知症を発症したがん患者さんも、がんを発症した認知症患者さんもいつでも安心して治療を受けられるように地域連携を築いています。

見捨てられる不安が強い心理状態

 がん患者さんの多くがつらいと思っていることは次の3つに集約することができると思います。①今使っている薬はいくらかかって、今後も支払うことができるのか、②自分の病気は治る見込みがないのではないか、③誰も自分のことを思ってくれず、自分が死んでも悲しんでくれる人はいないのではないか。患者さんの心理状態は、見捨てられる不安、孤独感が強くなっています。がん患者さんの不安や苦悩を取り除くために、さまざまな診療科と精神科の医師が協力して行うリエゾン精神医療(リエゾンとは、フランス語で「連携」や「連絡」の意)が日本でも少しずつ広がり始めています。

ニューヨークにあるがん専門病院のメモリアル・スローン・ケタリング・キャンサーセンターで作られた心のケアのガイドラインをご紹介します。

  1. 1. 「がん=死」と思い込まないように。多くのがんは治療可能。新しい治療法が実用化されるまで、長期間コントロールも可能
  2. 2. 自分のせいでがんになったと思い込まないように。がんになりやすい性格や、がんを進行させてしまうような性格の存在は証明されていません
  3. 3. 気持ちが動揺した時は、気持ちを落ち着かせるために過去に助けになった方法を思い出してください。信頼できる人に話をすることも良いことです
  4. 4. 前向きな考えができないからといって自分を責める必要はありません。誰でもがいつも前向きというわけにはいかないものです。自責の念が強ければ、心のケアの専門家に援助を求めましょう
  5. 5. 支援団体や自助グループのサポートを得るのもよいでしょう
  6. 6. 心のケアの専門家に相談することをためらう必要はありません。それは精神的に弱いということではなく、むしろ強さなのです
  7. 7. リラックス法や音楽といった、気持ちをうまくコントロールできるようになる方法を利用しましょう
  8. 9. 悩みを、最も親しい身近な人にまで秘密にしないように、医師と治療などについて話し合う時には同行してもらいましょう。心の支えにもなるし、不安が強い時には医師の説明を聞き漏らしたり、理解しにくかったりすることもあるからです
  9. 10. あなた自身の精神的な拠り所を考えてみましょう。過去につらい状況から救ってくれたことがあればそれを行ってみましょう。癒し、そしてさらに病気を経験することの意味を見出させてくれるかもしれません
  10. 11. 治療を投げ出して、代替療法に走らないようにしましょう。代替療法に気持ちが引かれたら、不安のサインかもしれません。まず、信頼できて、客観的に判断できる人と、その治療の良い面と悪い面について話し合ってみましょう

がん患者さんの認知症リスクは低いと報告

 2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで亡くなるといわれています。当院で平成19年から27年までの9年間に退院した患者さんは3,095人(342人は死亡による)です。このうち、がんのある人は56人で、28人はがんが原因で亡くなられています。つまり、がんで亡くなったのは全死亡の1割に満たないのです。エビデンスとして研究論文にする段階ではありませんが、興味深いデータだと思います。

厚生労働省によると、2014年の日本人の平均寿命は男性が80.50歳、女性が86.83歳でした。当院の入院患者さんの平均寿命は約77歳です。精神疾患がある人の平均寿命は日本人の平均寿命より10年ほど短いという点をどう考えるかについては議論があるでしょうが、精神疾患の患者さんががんになる確率は、精神疾患のない人よりむしろ低いという側面があると見ています。

40歳から45歳の上級管理職600人を対象に嗜好品や食事の制限による健康管理を15年間行い、経過を観察するという研究がフィンランドで実施されました。同時に同じ職種の600人に対して定期的に健康診断だけを行いました。その結果、健康管理されていないグループのほうが心臓血管系の病気、がんなどの数は少なかったといいます。

海外のメディアが「フィンランド症候群」と名付けて報道し、研究結果の解釈や誤用などを巡って一時話題になりました。生活を干渉された精神的ストレスが健康に影響を及ぼした結果という見立ては一理あると思います。精神疾患のある人はがんになる確率が低いという、当院のデータと共通した理由が見えてきます。

先のことをくよくよ心配したり、がんに負けてしまうのではないかとびくびくしたり、がんと闘って生を勝ち取らなければいけないと常に緊張し続けていたりすると、ストレスで免疫機能が多少低下するからではないでしょうか。

一方、2013年にアメリカで開催された国際アルツハイマー病学会では、がん癌患者はアルツハイマー病のリスクが低いという研究結果が報告されました。65歳以上の約350万人(男性98%、平均年齢71歳、登録時に認知症は未発症)の退役軍人のデータを使って、がんとアルツハイマー病発症の関連について調べた研究です。

がん種別にアルツハイマー病の発症リスクを調べたところ、肺がん、腎がん、膵がん、肝がんなど、多くのがん生存者ではアルツハイマー病の発症リスクが有意に低いという結果でした。がんの治療とアルツハイマー病の発症リスクの関連についても解析した結果、がん種に関わらず、化学療法や放射線治療を受けていた患者は発症リスクが低かったといいます。研究者は、がんを促進させる遺伝子および分子経路は、一方で神経保護の効果があるのかもしれないとしています。

別の研究報告では、ある種のたんぱく質がアルツハイマー患者では不足しているのに対して、がん患者では過剰に発現していることも確認されています。

多くのストレスから解放される

akiramenai_gk201603_dr_img02 世界有数の高齢社会の日本ではがんと認知症はともに最も身近な疾患となっています。がん患者さんが認知症になれば不安はいっそう大きくなります。

認知症は何らかの原因で脳の神経細胞が壊れるためにさまざまな症状が起こります。認知症はほんの少し前にしたことを忘れ、しかも忘れたこともわからなくなります。5分前に食事をしたことを忘れて、また食事をしようとしたりします。単なる物忘れは脳の老化によって記憶力や思考力が低下していく自然現象で、日常生活に問題はありません。

しかし、認知症は、理解したり、判断したりする力がなくなって社会生活や日常生活にさまざまな支障をきたします。認知症患者さんの接し方で大切なことは、患者さんの物忘れの症状を叱ったり、プライドを傷つけたりせず、共感して話を聞いてあげることです。

認知症が進むと、現在と過去の区別がつかなくなります。近い過去の記憶が消失し、遠い過去の記憶は比較的残ります。さらに進行していくと言葉の意味も失われ、やがて話が通じなくなります。患者さんが変わっていく姿は、家族にとっては衝撃的で、つらいことです。

しかし、患者さん本人はがんや死に対する恐怖、治療法の不安など多くのストレスから解放されているかもしれません。その日その日、その時その時を楽しい気分で過ごすことも可能で、それは免疫にとって良い状況かもしれません。担がん状態で認知症になったことを悲しむのではなく、むしろ、神様がくれたプレゼントという前向きな気持ちをご家族に持っていただくことは、私たち医療者にとってもありがたいことです。

軽度認知障害(MCI)は認知症の初期の段階ともいえる病態です。MCIの早期発見、適切な対処が認知症の予防に有効であることがわかってきました。物を置き忘れたり、しまい忘れたりすることが多くなる/同じ話を何度も繰り返す/何をするのも億劫な気分になり、身嗜みにも構わなくなる/会話についていけなくなる/予定を忘れる/最近の出来事が思い出せない/道に迷うなど、気になる症状があれば、まず主治医に相談することが大切です。

抗がん剤による副作用かもしれません。あるいはがんが進行していくとせん妄という状態が起こったりするので、認知症と鑑別する必要があります。脳腫瘍、脳転移によって生じる症状の可能性もあります。

また、認知症が進むと、痛みをうまく伝えることができなくなることもあります。患者さんが言葉で表現できなくても、声の調子、表情、日常の細かな動作の変化などから患者さんの異変を察知することはできます。普段から注意して観察するように心がけることが重要です。

日本ではがん患者さんの認知症治療に関する地域連携はまだ始まったばかりです。今後、各地域の特徴を生かした医療連携が整い、1人でも多くの患者さんが安心して治療ができるようになることを願っています。

取材にご協力いただいたドクター

吉田 勝明 先生

医療法人社団哺育会横浜相原病院 院長

カテゴリードクターコラム

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