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【特集記事】患者に寄り添う乳がん医療 QOL改善の重要性
目次
患者さんのQOL改善が大きなテーマ
乳がんは、今、日本人女性の12人に1人が体験すると言われ、年間7万5000人が新たに罹患しています。その数は、2020年には年間10万人に達すると予想されています。このように増加の一途をたどる乳がんの罹患率は、女性の悪性腫瘍のなかで1位です。
しかし、死亡率は4位です。なぜ、罹患率に対して死亡率が低いのかと言えば、たくさんの有効な薬剤が登場してきている領域であるというのもありますが、比較的、発見しやすく、確実に治せるケースが多いがん種でもあるからです。そのため、現在乳がんの治療では、単に治すため、進行を抑えるための治療という考え方から発展して、如何に患者さんの負担を軽減し、QOL(quality of life=日常生活の質・生命の質)を維持しながら治療するか、ということが大きなテーマになってきています。
中規模な病院のメリットがある
私は現在、独立行政法人地域医療機能推進機構 下関医療センター(山口県下関市)の乳腺外科医として、乳がんの検診・検査や治療に携わっています。下関医療センターは、都心の基幹病院と比べると中規模な病院と言え、年間、約50人の乳がんの患者さんが新たに来院されています。
乳癌の治療は、乳腺外科専門医がいれば、基本的に当センターもそうですが、どこの医療機関でも最新のガイドラインに則した最新・最適な治療を提供しますので、大きな違いはありません。そのなかで、当センターの良さは、中規模病院ならではの小回りが利くところかもしれません。
乳癌は手術をする前に様々な検査を組み合わせて診断していきますが、ここでは比較的まとめて複数の検査を受けることができますし、手術をする場合も、長期間にわたり手術を待つことはあまりありません。がんと診断された患者さんは、手術までの期間が長いと不安感・恐怖感を募らせてしまいます。この点で、当センターを受診してよかったと言ってくださる患者さんもいらっしゃいます。
セカンドオピニオンに関して、患者さんから相談を受けることもあります。その際には、他の医療機関での受診を希望通りにしていただいていますし、逆に、他の医療機関からセカンドオピニオンを取るために、当センターを受診される患者さんもいらっしゃいます。やはり、医療の〝主役〟である患者さんには、納得したうえで治療を受けていただきたいのです。それは、私が医師になってからの一貫した考えです。
患者さんのために最善を尽くす
患者さんのQOLを良好に保つために臨床医として私が以前から心がけていることがあります。それは、「最善を尽くす」ということです。乳がんの患者さんに対する治療法は、その進行度によって大きく異なります。ですから、まずはそれぞれの進行状況に応じて、ガイドラインに基づいた科学的根拠の高い治療を提供します。それに加えて、患者さんの個別事情に沿った最善の治療やサポートを提供するよう心がけています。
例えば、乳がんでは手術の後に再発を予防する目的で、よく抗がん剤治療を行います。最新のガイドラインでは、いくつかの抗がん剤の治療方法が推奨されていますが、この中から、患者さんに合わせた最善の治療法を選んでいきます。もちろん、患者さんのがんの性質といった医学的情報から、科学的根拠に基づいて治療方法を選ぶのが第一になります。それに加え、患者さんの普段の生活状況も大切な情報になります。仕事をされている方であれば、なるべく仕事を休まなくてよいスケジュールで投薬できるような治療方法を選びますし、治療費が気になる方にはジェネリック薬を紹介するといった具合です。
患者さんの性格を把握することも、治療を行う上でとても大切なことです。同じような状態の患者さんでも、「必ず治すんだ!」と前向きに治療に臨む方もいれば、「もうダメだ……」とネガティブな気持ちになっている方もいます。
また、再発率といったデータや数字に対する反応の仕方も患者さんによって様々です。データや数字を伝えて、患者さんが前向きに治療に取り組めるような場合はしっかりお伝えしますが、そうでない場合は伝え方を工夫しています。このように、患者さんに病状や治療法などを説明するときは、患者さんの性格に合わせて言葉の掛け方を変えるように心がけています。こういった患者さんの生活状況や性格はただ待っていても分かりませんので、診察や待合での会話から自然に把握できるように努めています。
乳がんは女性医師の割合が多い
乳がんの治療は普通、乳腺外科の専門医が行いますが、一般に乳腺外科は、女性医師の割合が他のがん種に比べると圧倒的に多い領域です。とはいえ、あくまで他のがん種に比べて割合が多いというだけで、実際には男性の乳腺外科専門医しかいらっしゃらない医療機関もあります。
乳がんの診療に関しては、マンモグラフィ検査(乳房X線撮影)やエコー(超音波)検査、視触診といった検診は女性医師に診てもらいたい、という方が多いようです。また一般に、乳房のことや月経のことなどは、男性には相談しにくいものです。加えて、女性特有の出産・更年期障害や家庭の事情なども、同性のほうが理解してくれると考えられる場合も多いでしょう。おそらく女性の乳腺専門医がいるから当センターを受診したという方もいると思います。
もちろん、男性の専門医にこういった悩みを相談されれば、真摯にアドバイスをしてもらえると思いますし、是非相談してみてください。それでも相談し難ければ、看護師に相談されるのも良いと思います。最近では、乳がん看護のエキスパートである女性の乳がん看護認定看護師やがん化学療法看護認定看護師などがいる医療機関も増えています。
“再発”だけに囚われることない生活を
乳がんは、比較的、予後の良いがん種で、たくさんのサバイバーがいる領域です。乳房温存術を受けた方、乳房全摘術を受けた方、術後補助化学療法を受けている方、長期にわたりホルモン療法を受けている方……などさまざまですが、皆さんに底通しているのは、自分は再発するか・否か、あるいは再発しているのか・否か、という不安や恐怖を大なり小なり抱えていることです。ただ、私としては、患者さんには、“再発”だけに囚われることなく毎日を楽しく過ごしていただきたいと思っています。通院や服薬のときだけ病気のことを思い出し、それ以外の生活シーンでは病気のことを忘れてもらいたいのです。
また、服薬ということで言えば、再発率を下げることができるのに、服薬を止めてしまう方がいます。それが経済的な理由であればジェネリック医薬品の使用をご提案します。もう飲まなくても大丈夫だろうと楽観して服用を止めている方には、服薬のメリットを説明し、再び飲むようにしていただいています。
副作用が厳し過ぎて服薬を止めていれば、薬の種類を変えることもご提案します。ただ、その患者さんの治療効果と副作用を天秤にかけ、副作用のほうがあまりにも大きければ服薬を止めるのも1つの選択肢です。
副作用と言えば、抗がん剤を使用した場合、脱毛や吐き気などが現われます。吐き気に関しては進歩してきた制吐剤を正しく使用すれば、吐き気に苦しむことは少なくなりました。ただ、脱毛に関しては、今のところ、髪が抜け落ちないようにする薬剤は登場していません。その対策にはウイッグを準備することが、現状ではベストだと言えるでしょう。
その他の副作用である好中球の減少による免疫力の低下に対しては、うがい・手洗い、マスク装着、栄養バランスに長けた食事をする……といったことで風邪などの予防に努めていただいています。
氾濫している情報・サプリメントの信憑性を見極める
今、医療に関する情報は溢れています。「氾濫している」と言い換えてもいいほどです。そんな状況のなか、私たちが困っているのは、患者さんが間違った情報を信じてしまうことです。インターネットの情報は玉石混淆。どのような立場の人が書いたのか、あるいは監修したのかという点を見極め、その情報の信憑性の有無を判断していただきたいのです。その点で言えば、日本乳癌学会のホームページにも一般の方向けの解説ページがありますが、残念ながら多くの方はそこまで辿り着かないという印象を持っています。
しっかりとした患者会も正しい情報を獲得できる場の1つです。病気と闘っているのは自分だけではないんだ……、と勇気が湧いてくるのも患者会の大きなメリットです。患者さんが孤独感や疎外感などを感じたときには、同じ体験を持つ方に話を聞いてもらえれば、気持ちが穏やかな方向にいくはずです。治療の体験談や再発の不安への対処法などは、医療者が言葉を並べるよりも、実際の体験者の話のほうがすっと胸に入ってくることも多いかと思います。
患者さんからサプリメントの相談を受けることもあります。患者さんから「どんなサプリメントがいいのでしょうか?」と尋ねられたときには、きちんとした研究が実施されているか、製造元・販売元が知られているか、変に高額でないか、などを考え、よくわからないものは利用しないようにお答えします。また、個人的に研究に携わっている「シイタケ菌糸体」の話をすることもあります。臨床研究で、乳がんの患者さんのQOLや免疫機能を改善する働きが報告されています。
大切なのは、インターネットなどの情報を鵜呑みにせず、サプリメントの善し悪し以外にも、心配ごとや困っていること、疑問に感じていることなどがあればそれを主治医や担当の看護師に遠慮なく伝えていただくことです。
【関連サイト】
日本乳癌学会:http://www.jbcs.gr.jp/
シイタケ菌糸体研究会:http://www.k-lem.net/
小林製薬の癌免疫研究:http://www.ganmen-kobayashi.jp/index.html
今後も患者さんのQOL重視に努める
冒頭でお話したように、乳がん治療の一環として、患者さんのQOLを重視することが、学会や研究会などで広がってきています。手術でいえば、乳房温存術、あるいは腋窩センチネルリンパ節生検の普及もその流れからきています。
QOLに関しては、表面に現れてこない気持ちの問題に対するケアも大事になってきます。私は、精神的なケアが必要な患者さんには、近隣のメンタルクリニックを紹介しています。進行性、あるいは再発・転移のがんを抱えている方ではなく、たとえばステージⅠの方でも気持ちの落ち込みが激しく、心療内科に罹るようになるケースも少なくないのです。
こうした精神的なケアも含め、乳がんの患者さんのQOLを改善するうえで留意しているのは、個々にQOLの主になるものが異なる点です。美容面を元のように戻したい……。子どもが成人するまで生きていたい……。子どもの学校行事には参加したい……。病気になる前と変わらない仕事をしたい……。それぞれのQOL改善の目的に近づけられるよう、当センターの医師は、がん性疼痛看護認定看護師やがん化学療法看護認定看護師、ソーシャルワーカー、管理栄養士といったスタッフと共にチーム医療で取り組んでいます。
私たちは、最新・最適な治療に、副作用や交通アクセス、さらには、患者さんの人生観・価値観、時には死生観なども参考にして治療に取り組んでいます。〈がん治療が人生のすべてではなく、人生の一部にがん治療がある〉―─そのように患者さんの気持ちが向かうよう、私は今後も患者さんのQOL改善を追求していきたいと思います。そのためにも是非、医師や看護師へ気になっていることをお伝えください。
取材にご協力いただいたドクター

長島 由紀子 先生
下関医療センター 乳腺・甲状腺外科 部長
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