【特集記事】骨転移の早期発見・治療で自分らしい生活の維持を

公開日:2015年12月30日

骨転移が見つかった場合、ステージ4の進行がんとされ、骨にがんができたら「あきらめるしかない」と思い込んでいる患者さんも少なくありません。しかし、骨転移が直接命を脅かすわけではなく、症状を正しく理解し、早期に治療を行うことで、患者さんのQOL(生活の質)を維持することができます。今回のドクターインタビューでは、骨転移の主な症状や治療方法などについて、東京大学医学部附属病院リハビリテーション部 講師 篠田 裕介先生にお話しを伺いました。

目次

骨は、肺、肝臓に次いでがんが転移しやすい場所です

 骨は、外側の皮質骨(緻密骨)と呼ばれる硬い部分と、内側の海綿骨と呼ばれる網目状の部分で構成されています。皮質骨は硬くて緻密な骨で骨の表面を覆っています。海綿骨は骨梁が網の目のように縦横にはりめぐらされスポンジ状になっており、骨梁のすき間にある骨髄では、赤血球や白血球、血小板などの血液が作られています。

骨は、リモデリングと呼ばれる代謝を繰り返しています。リモデリングとは、骨を壊す働きのある破骨細胞が骨を吸収する一方で、破骨細胞によって吸収された部分で骨芽細胞が新しい骨を作ることです。このリモデリングが絶えず続けられることで、1年間に20~30%の骨が新しい骨に入れ替わっています。

がんの転移は、がん細胞が最初に発生した場所から血液やリンパ液の流れに乗って別の臓器や器官に到達し、そこで増殖を始めることです。がんの転移先として多いのは肺、肝臓、骨です。骨髄では赤血球をはじめ、多くの血球細胞が常に作られています。そのため栄養と酸素が不足しないように大量の血液が供給されています。肺や肝臓と同じように骨はがん細胞が生存するためにも好都合の場所といえます。

骨転移はどの骨にも起きる危険性がありますが、特に転移しやすいのは、脊椎、骨盤、肋骨など体幹部の骨や、上腕骨や大腿骨の体幹に近い部位です。肺がんや腎がんなど一部のがんでは、体幹だけでなく末梢にも転移しやすいことが知られています。骨転移を生じやすいがん種としては、肺がん、乳がん、前立腺がん、腎がん、甲状腺がんなどがあります。

主な症状は痛み、骨折、麻痺、高カルシウム血症です

 がんが骨転移した先では健康な骨が破壊されて、代わりにがん細胞が増殖していきます。骨髄に転移したがん細胞からは増殖因子やサイトカインが産生されて骨の溶解、骨梁の増加が誘導されます。溶解が優勢の場合は溶骨型転移、増殖が優勢の場合は造骨型転移と呼ばれます。溶解型と造骨型の混合タイプや骨梁間型転移という病態もあります。

骨転移巣では、腫瘍細胞から放出される増殖因子やサイトカインが骨芽細胞に働き、RANKLを放出し、周囲に破骨細胞が形成されます。破骨細胞が活性化されて骨が溶解し、その結果、骨にスペースができるとがん細胞が増殖しやすくなります。骨の正常な構造が破壊されてがん細胞に置き替わった部分は強度が弱くなります。

また、骨転移巣の周囲では、骨芽細胞も増殖します。溶骨と造骨のバランスが溶骨に傾いたものが溶骨型転移であり、腎がん、肝臓がん、甲状腺がんなどが代表的です。一方、バランスが造骨に傾いたものが造骨型転移であり、異常な骨梁が形成されます。造骨型になることが多いのは前立腺がん、乳がんです。臨床的には純粋な溶骨型や造骨型は少なく、混合型転移が最も多く見られます。前立腺がんは最初造骨型を示し、最後は混合型になる場合が多いです。

一方、骨梁間型転移は骨の破壊や吸収が目立たず、骨の間を這うようにがんが増殖していきます。肺小細胞がんやリンパ腫などがその代表ですが、腺がんでも骨梁間型転移になることがあります。骨転移では痛み、骨折、麻痺、高カルシウム血症などの症状が高頻度で見られます。骨転移で生じる痛みとしては、がんそのものが産生する発痛物質で起こる痛みがあります。

また、がんが大きくなって周囲の神経を圧迫して発生する痛みや、骨折による痛みもあります。一方、脊椎に転移したがんが脊髄を圧迫すると麻痺が現れます。特に脊柱管という神経の通り道にがんが浸潤すると麻痺が起こりやすくなります。

骨が破壊されたところからカルシウムが溶け出すことによって高カルシウム血症が発生します。また、がんが産生する副甲状腺ホルモン関連蛋白(PTHrP)という物質によって血中のカルシウム濃度が高くなることが知られています。骨転移の画像検査には、X線、CT、MRI、骨シンチ、PETなどがあります。CTは骨の強度を調べるには最も適しています。骨を輪切りにしたCT画像(断面)から骨破壊の状況がわかります。これに対して、MRIはがんが骨髄の中でどれぐらい広がっているか、あるいはがんが軟部組織にどれぐらい出っ張っているかなど、がんの広がりや神経の圧迫の状況を確認するのに適した検査です。

骨シンチ、PETは全身に広がったがんの分布を調べる目的に適した、「スクリーニング」の意味合いが強い検査と言えるでしょう。がんのある場所を特定したうえでCTやMRIを使ってさらに詳細に検査することもあります。また、骨転移を診断するためには、腫瘍マーカーや、骨代謝マーカー(ALPなど)も参考にします。

症状を緩和し、運動能力を維持するために治療を行います

 骨転移は、臨床病期Ⅳ期の進行がんとして扱われます。しかし、骨転移はほかの臓器の転移と違って、命を直接脅かすことはありません。がんによって正常な骨の構造が破壊され、強度が弱くなると骨折が起こりやすくなります。体重を支える骨盤や大腿骨などを骨折すると歩行に支障が出て、日常生活が困難になります。

がんが脊椎に転移して脊髄(神経)が圧迫されると、麻痺が起こったり、四肢や体幹の感覚障害や運動障害を招いたりします。したがって、骨転移の治療目的は、症状を緩和して運動機能を維持し、患者さんのQOLを維持することです。症状が悪化する前に骨転移を発見し、骨折や麻痺を予防することが重要になります。

骨転移が疑われる場合、問診、画像検査、病理検査でスクリーニングを行います。骨折や痛み、麻痺などの神経症状、重度の高カルシウム血症などがある場合はその治療を優先します。骨転移の治療としては、薬物治療、放射線治療、外科的治療などがあります。

骨転移の治療ではまず原発がんの病巣部の治療が最優先されます。がん細胞を抑える分子標的薬、抗がん剤、ホルモン療法などによって骨転移巣も小さくなる可能性があります。これと並行して、骨転移巣に対する治療を行います。骨の破壊を防止する働きがあるビスフォスフォネート製剤のゾレドロン酸や、抗RANKLモノクローナル抗体のデノスマブを使います。ゾレドロン酸や、抗RANKLモノクローナル抗体を使うと骨折や麻痺を起こすリスクが減少することが証明されています。

また、放射線治療は根本的な治療法ではありませんが、疼痛のコントロールに有効性があります。鎮痛薬の効果が見られない患者さんの約7割が放射線治療によって疼痛が改善したという報告があります。また、放射線治療は骨転移による麻痺に対しても、状況により予防効果、改善効果が期待できます。

骨転移が進行し、激しい痛みや高度な麻痺がある場合は外科的治療による疼痛緩和の検討が必要になります。近年、脊椎の手術に関しては低侵襲の治療法が開発されるようになり、これまで高齢などの理由で手術が適応とならなかった患者さんにとって治療の選択肢が増えました。さらに、起き上がり方の工夫など、日常生活動作のアドバイスなどを含めたケアやリハビリテーションによって患者さんのQOLは格段に向上するようになりました。

骨転移について正しく理解し、気になることは主治医に相談しましょう

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 日本人の2人に1人が罹るほどがんは身近な病気になりました。年間およそ20万人で骨転移が発症しているともいわれています。がんで亡くなった人の剖検の結果から20~60%に骨転移が見られたという報告もあります。臨床現場では、治療を必要とする骨転移が見逃されたり、骨折や麻痺があっても緊急治療が行われなかったりすることがあります。

骨をはじめとする運動器の治療は整形外科の領域ですが、骨転移などがん治療に詳しい医師は少ないのが現状です。

東京大学医学部附属病院では、2012年に多職種連携による「骨転移キャンサーボード」を設置し、リハビリテーションを含めた骨転移の治療にあたっています。構成メンバーは、次のとおりです。

  • ・がんの原発担当科:医師、看護師
  • ・整形外科:骨転移担当医、脊椎外科医、専門研修医
  • ・リハビリテーション部:医師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士
  • ・放射線科:読影医、治療医
  • ・緩和ケア診療部:医師、看護師、心理士
  • ・地域医療連携部:看護師、医療ソーシャルワーカー
  • ・薬剤部:薬剤師

多くの診療科、職種が連携し、患者さんの入院中から、退院した後の生活、さらには患者さんの人生まで視野に入れて骨転移の診断・治療に当たっています。治療法の進歩などによって、がん患者さんの生存期間は長くなっています。骨転移を「骨に新しいがんができた」と誤解したり、「がんが骨に転移したらあきらめるしかない」と思い込んでいたりする患者さんは少なくありません。

骨転移が直接の原因となって命を落とすことはありません。骨転移について正しく理解し、できるだけ早期に適切な治療を受けることで、自分らしい生活を続けていくことが可能です。じっとしていても骨が痛い、鎮痛薬を飲んでも痛みが治まらないというような場合は骨転移が疑われます。脚に力が入りにくい、ふらついて歩きづらい、触っても感覚が鈍いなど、いつもとちょっと違うと疑いを持ったら早めに主治医や整形外科医を受診してください。診察の際、「骨転移が心配」と一言添えると早期発見につながる可能性があります。

ポイントまとめ

  • 骨は、肺、肝臓に次いでがんが転移しやすい部位の一つで、骨転移を生じやすいがん種は、肺がん、乳がん、前立腺がん、腎がん、甲状腺がんなどがある。
  • 骨転移の主な症状は、痛み、骨折、高カルシウム血症などで、脊椎に転移したがんが脊髄(神経)を圧迫すると麻痺が起きることもある。
  • 骨転移の治療は、症状を緩和して運動機能を維持し、患者さんのQOL(生活の質)を保つ目的で行われる。
  • 放射線治療は、骨転移の疼痛コントロールに有効性があり、患者さんの約7割に疼痛改善の効果がみられる。
  • 自分らしい生活を続けていくためには、骨転移をできるだけ早期に適切な治療を受けることが大切。疑いを持ったら早めに診察を受け、医師に「骨転移が心配」と一言添える

取材にご協力いただいたドクター

コラム:骨転移への放射線治療 

骨にがんが転移すると、痛みや苦痛を伴う症状が発生し、骨折など日常生活に支障をきたす場合もあり、患者さんのQOL(生活の質)に大きく影響します。放射線治療は、がんの根治を目指す三大標準治療(手術・化学療法・放射線治療)の一つですが、骨転移による痛みや神経障害疼痛、神経圧迫による麻痺などを緩和する原因療法(緩和照射)としても行われます。とくに骨転移の痛みの緩和においては、60%-90%の有効率※ともいわれており、疼痛緩和効果が期待できます。

※日本緩和医療学会 がん疼痛の薬物療法に関するガイドラインより https://www.jspm.ne.jp/guidelines/pain/2010/chapter02/02_08_01_02.php

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