【特集記事】泌尿器がんの再発・転移とQOL向上

公開日:2015年05月29日

高齢化社会とともに泌尿器のがんと診断される人は増加中です。泌尿器のがんは腎がん、膀胱がん、腎盂尿道がん、精巣がん、などありますが、とりわけ前立腺がんは日本の男性のがんの中で1位となる程増加しています。 泌尿器がんに対する治療法と付き合い方について、東京女子医科大学東医療センター泌尿器科臨床教授、中澤速和先生にお話を伺いました。

目次

高齢化で増加する泌尿器がん

 国立がん研究センター(がん対策情報センター)によると、2015年の日本人のがん予測罹患数は約98万人で、昨年の予測を約10万人上回っています。なかでも、前立腺がんは男性では第1位を占め、全体では乳がんを抜いて第4位になっています。また、米国の統計では男性のがん生存者は2014年1月末で約690万人おり、そのうち43%が前立腺がんであり、泌尿器がんの合計では男性の50%を超えていることが報告されています。

日本でも主に高齢者の増加によって泌尿器がんが増えています。早期発見、早期治療が進んできた今日では、泌尿器科の領域でも以前に比べてがんの再発・転移を防ぐことができるようになってきていますが、患者数が増えているために頻度としては大きな変化はないようです。

泌尿器がんと一口に言ってもその特徴はさまざまです。腎がんは、腫瘍が大きくなるまで症状が現れにくく、再発・転移しやすいがんです。手術で確実に摘出したと思っても、何年かして再発することもあります。腎がんが転移しやすい場所は、肺、脳、骨、肝臓、リンパ節、などで、定期的に検診を行って経過を観察する必要があります。

腎がんは泌尿器がんでは3番目に多いがんで、日本では年に約1万人(人口10万人あたり8~10人、男女比は2:1、50~70歳代に好発)が発症しているといわれています。一方、透析患者では年に人口10万人あたり150~180人が腎がんを発症しています。その数は欧米に比べて多く、日本では長期透析が多いことが要因と考えられます。透析が長期に及ぶことで発がん物質を含む尿毒素が蓄積され、それががんの発生に関係していることがわかってきました。

また、長期透析の患者さんでは、廃絶した腎臓の局所の防御力の低下や全身の免疫力の低下によってステージの早い段階で手術しても転移を来たしてくる例もあります。

前立腺がんは高齢者で多く発症するがんで、血液検査で前立腺特異抗原(PSA)を調べることによって高率にスクリーニングすることができ、早期の発見・治療が可能となりました。前立腺がんが転移しやすい臓器としてはリンパ節と骨があげられ、骨に転移すると痛みやしびれなどの神経症状が現れたりします。前立腺がんはほかの臓器がんに比べて進行が緩やかで予後が長いのが特徴です。

 尿路(腎盂、尿管、膀胱)のがんは尿路上皮がんといって同じ仲間で、喫煙や化学物質の暴露が原因とされています。尿に曝露されているところほど発がんしやすいことが知られており、膀胱がんが最も多く泌尿器がんでは2番目に多いがんです。膀胱がんの80%は表在性のもので多発しやすいのですが粘膜内に留まっています。残りの20%は、進行が速く早期にリンパ節や他の臓器に転移しやすい浸潤性膀胱がんとなります。

苦痛から解放されQOLが向上

 近年がんの治療が進歩して、前立腺がんの5年生存率は100%近くまで上昇しており、腎がんも全体の生存率は80%を超えるようになりました。

腎がんの治療は、化学療法や放射線療法は十分な効果が期待できず、手術が第一選択となります。最近では、侵襲の少ない腹腔鏡手術が標準的な方法であり、手術後の腎機能を考慮して小径腎がんに対しては腎温存手術が主流です。再発・転移がんに対しては、現在、がんの血管新生を抑制する分子標的薬が第一選択となります。インターフェロンαやインターロイキン2を使った免疫療法が有効な場合もあります。

そのほか、骨転移の痛みを抑える目的で放射線治療が行われたり、脳の転移にはガンマナイフが使われたりします。転移がんで孤立性のものについては胸腔鏡や腹腔鏡で摘出することもあります。また、原発巣を摘出して、肺などに転移したがんが消失した例も報告されています。

前立腺がんの治療法には、手術治療のほか、ホルモン療法、放射線療法、化学療法などがありますが、早期がんについては症状がなければ積極的な治療をせず経過を観察することもあります。長期生存の期待できる前立腺がんでは、患者さんの希望も考えて治療法を選択しています。

たとえば前立腺がんの標準的手術では前立腺のすぐ近くにある神経血管束を一緒に摘出することになりますが、この神経をとると勃起障害になるため神経温存手術を望む患者さんは少なくありません。できるだけ患者さんの希望に沿うように治療法を検討しますが、残った神経にがん細胞が潜んでいる可能性があり、再発のリスクが高くなります。

性機能の温存を望む場合は、がんの形に合わせて放射線を照射する強度変調放射線治療(IMRT)を選択することもあります。IMRTは手術と同等の治療効果があるといわれていますが、10年以上の生存率については手術のほうが優位で、患者さんの年齢などを考慮して選択することになります。

表在性の膀胱がんの治療は内視鏡手術で容易ですが、浸潤性膀胱がんの場合まだまだ予後が不良です。最初から転移がある膀胱がんの場合は化学療法や放射線治療を行ってから手術することがあります。患者さんが膀胱を残すことを希望する場合や、体力的に手術が難しい場合は化学療法と放射線治療が主体となります。

根治手術である膀胱全摘術では排尿路を確保するために尿路変向を同時に行うことになります。尿路変向を望まない患者さんについては、適応があれば抗がん剤と放射線治療で膀胱温存治療を行いますが、膀胱全摘をせずに対症的な治療で経過観察する場合もあります。

しかし、状態が悪化したり、出血を起こしたりして日常生活に支障をきたし、やむなく膀胱を摘出するような例もあります。尿路変向を避けるために手術を拒否する患者さんで、生命予後が1年以上ある場合は、尿路変向について十分に説明をして納得してもらうようにしています。術後半年も経過すると代用膀胱などにも慣れてきます。それまで夜中に起きてトイレに行っていた苦痛から解放され、QOLが向上したという感想をよくいただきます。

外科医の「寿命」を伸ばした内視鏡手術

 当科で行っている泌尿器がんの外科的治療は年に200件を超えます。その内訳は腎がんが約60件、腎盂尿管がんが15~20件、膀胱がんが約100件、前立腺がんが60~70件となっています。外科的治療の9割は内視鏡(腹腔鏡)を使って行っています。開腹手術に比べて手術の傷が小さく、出血が少なく、感染リスクも低いことが内視鏡手術の長所です。入院期間も短く、たとえば、火曜日に手術をして、3日間ほど痛みがありますが、土曜になれば痛みもなくなり、日曜日には退院することができます。また、腸管などの癒着が比較的少ないので、再手術が必要になった時に有利です。

低侵襲の内視鏡手術によって安全性を患者さんに提供できるようになったことが内視鏡手術の最大の特長ですが、同時に、これは医療者側にとっても大きなメリットです。年齢を重ねると視力が衰え、反応も鈍ってきて手術台の前に立つのがつらくなってくる――というかつての外科医の姿は内視鏡手術の登場で一変しました。

ここにきてロボット支援手術の普及で、外科医の寿命はさらに伸びているのではないでしょうか。前立腺がんの手術では、見えにくかった骨盤内の血管や神経の走行、前立腺の膜構造などが3Dモニターで詳細に確認でき、狭いところも自分の手のような操作感で手術ができます。根治性が高くなり、術後の尿失禁の早期改善、男性機能の温存を図ることもできるようになりました。

とはいえ、安全な手術は解剖学の理解と経験によって裏打ちされるものであり、チーム医療のシステムが機能しているところから生まれてきます。看護師や他のメディカルスタッフとの連携がとれていれば、突発的に起こる、予期せぬ合併症は別にして、技術的な問題の多くは解決することが可能です。

私たちが目指しているのは、たとえば腎温存のための治療法を普遍的なものにするために、チーム全体で共有できる手術手技を完成させることです。それによって安全性は高まり、治療成績の向上にもつながるはずです。

まずは自分のがんについて知ること

akiramenai_gk201506_tk_img02 がんの診療では患者さんの話に耳を傾け、正確な情報を繰り返し伝えることがとても重要です。特に手術の前などは、何度も同じ説明をすることがよくあります。わからないことは患者さんにとって不安です。ただ、患者さんは何がわかっていないか、私たちにはそれがわかりません。だから、わからないことがあったらどんなことでも尋ねてくださいと助言しています。納得してもらわないまま治療を始めてトラブルが起こった場合、患者さんにとっても医療者側にとっても残念な結果を招きかねません。

再発の心配がない患者さんでも、安心してもらうために必要がないと思われる検査も定期的に受けてもらうことがあります。患者さんは検査結果を確認して安心されますが、そういう形でフォローアップするのは大切なことだと思います。

私たちが日々携わっているがんの診療は、医学的な側面ばかりではなく、患者さんの経済状況、社会的状況などもひっくるめた包括的な形で行われています。再発・転移がんの治療法を検討する際、治癒が見込める場合は、患者さんの意志を最優先しますが、そうでない場合は、患者さんを支える家族の意向も尊重しなければなりません。

がんは基本的には長い付き合いになる病気です。がんになったら、そこを起点として先のことを考え、再発・転移が見つかったら、現実を受け止めて次に起こりうる事態を予想することが大切です。がんを取り除くことができなければ、がんと共存していく方法を考えていくことが大切です。

そのためにはまず、患者さん自身ががんを受け入れ、自分のがんについて知る必要があります。病気を理解することで冷静に考えられるようになります。主治医と一緒に、悲観することなく、治療に臨んでいただきたいと思います。

がんが再発・転移した患者さんの精神的な衝撃は計り知れません。余命について考え、そこから始まる治療、それに伴う苦痛など、先の見えない不安を抱える患者さんに、私たちは、それでも前向きに治療を受けていただくための努力を惜しみません。

ポイントまとめ

  • 泌尿器がんは主に高齢者の増加によって増加しています。男性では第1位の前立腺がんや、泌尿器がんで2番目に多い膀胱がん、3番目に多い腎がんがある。
  • 腎がんは症状が現れにくく、再発・転移しやすいので定期的に検診を行って経過を観察する必要がある。
  • 前立腺がんは高齢者で多く発症するがんで、血液検査で前立腺特異抗原(PSA)を調べることで早期の発見・治療が可能。また他の臓器がんに比べて進行が緩やかで予後が長いのが特徴。
  • 前立腺がんの5年生存率は100%近くまで上昇し、腎がんも生存率は80%を超えるようになった。
  • がん患者さんが性機能の温存や、膀胱を残すことを希望する場合、または体力的に手術が難しい時など、予後の生活への影響を考えて治療方法を選択することが大切。
  • 低侵襲の内視鏡手術やロボット支援手術の普及によって根治性が高くなり、術後の尿失禁の早期改善、男性機能の温存を図ることもできるようになった。
  • がんになったら、そこを起点として先のことを考え、再発・転移が見つかったら、次に起こりうる事態を予想し、がんを取り除くことができなければ、がんと共存していく方法を考えていくことが大切です。そのためには患者さん自身が、がんについて良く知ることが重要です。

取材にご協力いただいたドクター

東京女子医科大学東医療センター泌尿器科臨床教授 中澤速和先生

中澤 速和 先生

東京女子医科大学東医療センター泌尿器科臨床教授

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