【特集記事】先生のご家族や知り合いの方ががんになったらどうしますか? I

公開日:2013年05月31日

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効果があって、なおかつ痛みの少ない方法を進めると思います。

がんの進行が早期の場合は、手術療法がまず頭にうかぶと思いますが、今はいろいろな治療法が存在します。なるべく体への負担が少ない内視鏡をすすめると思います。私が医学部を卒業するくらいの時ですが、内視鏡の使用が一般的になっておらず、ちょうどデータを集めていた時期でした。当時は内視鏡に対して「治療としてのエビデンスがないじゃないか」「手術でとったほうがいいに決まっている」といった意見がありました。私は当時、胃がんに関するがん細胞の組織への染み込み(浸潤:しんじゅん)、いわいる深達度を調べることに携わっていたのですが、外科医から「がんは全身病なのだから取り去るしかない。どうせ手術して切除してしまうのに、深達度を調べて何に役にたつのだ」と言われたことを覚えています。今は当時と比較すれば胃がんに関する研究も進んで、病理診断をしっかりして、高分化型のがん細胞であり、なおかつ粘膜に限局しているものであれば、開腹手術と内視鏡的切除では差が出ないということが分かってきました。そういった場合では身体への負担を考えたら内視鏡手術の方が良いですよね。誰でも痛い思いはしたくないと思います。

手術療法と放射線療法の選択

中期になると状況が様々になるのと共に治療選択が増えてきます。がん治療では欧米と日本を比較することも多いのですが、日本では中期の状況だと手術や手術と化学療法とのコンビネーションの選択が多いです。がんの3大治療の中には手術療法、薬物療法の他に、放射線療法も含まれるのですが、日本では徐々に増えてきているという状況です。日本では全体の2割程度だったと思いますが、アメリカだと放射線療法は全症例の1/3くらいを占めています。日本人医師の感覚として「とれるものはとってしまおう」という感覚があるのでしょう。手術に良いデータが集まっているから最初から手術を選択しようという流れになっていると思います。アメリカにもそういう時代があったのですが、いったん手術が第1選択という治療選択の流れができてしまうと、放射線治療にまわるのは、手術でできることはやってしまって、最後に放射線治療にバトンタッチするということになります。手術療法と化学療法にてやるだけのことはやったけれども、転移が始まってから肩だけとか、骨だけとか緩和照射をやることになるのです。それでは放射線治療に関する症例データがなかなか揃ってこなかったのです。単純に手術療法と放射線療法を比較することは難しいでしょうね。最近では前立腺がんなどでは症例によって侵襲が少ない放射線治療の選択が増えています。

1番を求めることにそこまでの意味はないでしょう。

最近の新しい治療法といえば陽子線治療や重粒子線治療がありますね。また化学療法の中でも分子標的治療薬などがでてきています。勘違いされてしまう方がいらっしゃいますが、新しい治療法というのは全てに効果があるわけではありません。陽子線・重粒子線治療でいうと、いままでの放射線治療は直線的に照射を行っていくので、照射ラインにある正常細胞を傷つけてしまうリスクがありました。しかし、陽子線や重粒子線というのは、照射する深さが調整できるため、いままでの放射線治療器ではできなかったことが可能です。しかし、照射ラインに重要な正常細胞がなければ、いままでの放射線治療で十分な効果が期待できるのです。そういった症例では陽子線や重粒子線にこだわる必要はありません。逆に治療までの期間に待たされたり、治療できる施設が限られたり、治療費が高額になったりするデメリットがあるでしょう。

病院を選ぶ時もそういうことが起きているようです。手術件数でランキングを作っているような記事があるようですが、技術というのはある程度の数をこなしていれば、特殊な手術でない限り同じような効果が期待できます。野球でいえば、3割3分のバッターと3割3分2厘の選手は高い技術レベルにあるわけです。それなりのピッチャーが来たぐらいでは、同じようにヒットを打つことができるわけですよね。でも、なぜだか3割3分2厘の方がいい!とこだわる人がでてくるのですよ。1番の病院が混むという状況は日本人の気質なのかもしれないですけれども、それほど重要なことではない場合が多いでしょう。

ガイドラインに入らない症例を丁寧に治療していくことが大切

終期の治療の場合は患者さんの意志が非常に大切になります。いわゆる終期のがんが見つかっている場合ですが、患者さんでもQOLを重要視する人と、生存期間を見る人と分かれますね。これは家族や主治医と話しながら決めていくしかありません。私は自分が診てきた患者さんには、一回どっちかを選んだらぐずぐずと迷わないことが大切と伝えています。色々と考え出してしまうと、あの時こうすれば…と必ず心理的にも不安定になってしまいます。情報を集め、自分の人生観を考え、家族と主治医に相談をして頭の中を整理することが大切です。いままでみなさんはそういったことを人生の中でやってきたはずなのです。

いまの日本の医療制度では、保険診療で行える治療は範囲が決まっています。保険診療内での放射線治療となるとがんの数や部位が決まっています。それ以外では自由診療扱いになってしまう場合もあります。しかしそういった事例でも効果が期待できる場合があります。私が経験した中では、膵臓がんの一種で膵島腫瘍(すいとうしゅよう)が転移して肝臓に12個くらいできてしまいました。こういった症例は通常、手術適応にならないのですが、知り合いの外科医が協力してくれまして、完全根治目的ではなく、延命を目的に手術を行いました。そのままであれば半年ももたなかったかもしれませんが、もう4年近く経ちますがまだお元気です。こういった治療法は経験的に延命につなげることが可能です。もちろん保険適応内である程度の症例数で効果が証明されている治療をベースにしながらですが、そういった通常のガイドライン的な治療に入らない方たちをどうやって治療しているのかを考えることも医療では大切です。

がん治療は、効果を測定する時にPR(Partial Response)やCR(Complete Response)と言ってがん細胞が小さくならないと効果なしと判断していたのですが、SD(Stable Disease)といった変化しない状態でも効果に入れるようになっています。変化しない状況でもコントロールできていることになるわけです。年配の患者さんだったりすると、がん細胞の大きさが変わらないと悪さをする速度も遅くて延命につながる場合もあるのです。抗がん剤などでそういった報告はたくさんでていますが、近年注目されている免疫療法でもデータの収集が進められると思います。東京ミッドタウンクリニックに来てから免疫療法の現場やデータを見たのですけれど、過大な評価は禁物ですが、効いている人がいることは間違いないです。免疫療法には、まだしっかりしたエビデンスはありませんが、今後もしっかりと調査をしていきながら確実性を増していくことが重要です。また一点あるのは、免疫療法は他の治療法と比較して副作用が非常に少ないということですね。これはリスクが少なく治療を行えるメリットがありますので、今後の研究が期待されています。

自分の人生を考えた治療選択が第一です。

医療の世界ではEBM(イービーエム : エビデンスド・ベースド・メディスン)という考え方が主流になっています。EBMとは根拠に基づいて治療を選択していこうということです。治療の科学的根拠というのは非常に多くの症例が必要なために、ある程度の時間が経ってこないとデータとして出てきません。つまり新しいものはなかなかエビデンスになるまでに時間がかかり、すぐにデータになりにくいのです。情報に関するリテラシーも持っていただいて、エビデンスのある治療法をベースにご自身の様々の状況を考えた三大療法の選択が最良となるでしょう。

例え話ですが、宇宙研究の中でも宇宙工学というのは、地球の大気の外側を飛行するための理論および技術であって、これは完全に科学の学問の分野ということになります。しかし実際にロケットを打ち上げるNASAで行われている研究は宇宙工学だけでなく宇宙での人間の生活などにも関する非常に幅広いジャンルに及んでいます。医学の世界にも同じようなことがいえて、医学というのは生体の構造や生理機能についての探求する学問であって、実際の患者さんと関わる臨床という現場とは意味合いが異なる部分もあります。エビデンスというのはあくまでも科学的根拠のことであって、患者さんのQOLや人生のことを考えると治療成績だけでは正しい判断とは言えないと思います。エビデンスという言葉にとらわれずに、情報のバイアスを取り除いた、自分の人生を考えた選択が必要です。

取材にご協力いただいたドクター

森山 紀之先生

森山 紀之 (もりやま のりゆき) 先生

一般社団法人あきらめないがん治療ネットワーク 理事
医療法人社団ミッドタウンクリニック 理事

医療法人社団進興会 理事長
グランドハイメディック倶楽部 理事


主な資格など
■略歴
1973年 千葉大学医学部卒業
1986年 米国Mayo Clinic 客員医師
1987年 国立がんセンター放射線診断部 医長
1992年 国立がんセンター東病院放射線部 部長
1998年 国立がんセンター中央病院放射線診断部 部長
2004年 国立がんセンターがん予防・検診研究センター センター長
2010年 独立行政法人国立がん研究センター がん予防・検診研究センター センター長
2013年 医療法人社団ミッドタウンクリニック常務理事 兼 健診センター長 医療法人社団勁草会理事
一般社団法人あきらめないがん治療ネットワーク理事に就任
2016年4月 医療法人社団進興会 理事長に就任
2016年8月 グランドハイメディック倶楽部 理事に就任

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