【特集記事】乳癌死亡ゼロの日

公開日:2013年03月01日

目次

再発・転移の患者さんにも効果があるホルモン療法

乳がんには、ホルモン受容体(ホルモンレセプター)を持っているタイプとそうでないタイプに分けることができます。持っているタイプのがん細胞は女性ホルモンが乳がん細胞のホルモン受容体に結合することで、細胞分裂が活発になり増殖すると考えられています。女性ホルモンが受容体に接合するのを阻止したり、女性ホルモンの分泌そのものを低下させることがホルモン療法の基本的な考え方です。

乳がんのホルモン療法はすでに100年以上の歴史があります。治療が始まった最初の方は、卵巣機能の抑制を目的とした手術・照射・薬物療法がおこなわれていましたが、ホルモン受容体の概念が提唱されてからは、抗エストロゲン剤、LH-RHアゴニスト製剤、アロマターゼ阻害剤と薬の開発が進んで、治療成績が向上しています。

再発や転移の乳がんでは、がん細胞が全身に広がっていると推測して治療が進められます。治療の選択肢としては、ホルモン療法か化学療法の全身療法が選ばれるのですが、女性ホルモンに対する感受性の有無(ホルモンレセプターの有無)が重要な分岐点になってきます。ホルモン感受性があり、さらに生命を脅かす転移がない場合には、ホルモン療法の治療を選択する場合もあります。

私は論文でも書いたのですが、転移したがん細胞というのは、発生したところのがん細胞と同じと考えられていたのですが、転移した先のがん細胞を比較してみると違っていることが分かりました。これは細胞の多様性によるものと考えられます。ですから単独でホルモン療法を行うということはせずに、多少の時期のずれはありますが、私の治療では、一緒に抗がん剤を処方する場合もあります。

乳がん治療にはガイドラインがありますけど、ガイドランというものは専門医ではない医師が使うものです。治療の参考にはなると思いますが、経験がある人はガイドラインにとらわれずに治療を進めていくべきでしょう。ガイドラインを見たらわかりますけど、書いてある文献やデータは全部海外のものです。

日本の文献もたくさんあるのに、あまり参考にされていないのが現状です。外国人と日本人とは体型も違うし、最近では遺伝子も違うことが分かってきています。海外のデータを参考にするのは良いけど、日本人向けのデータをきちんと作らなければいけないと思っています。日本、アメリカ、ヨーロッパの乳がんが違うというデータもでてきています。

がん細胞も成長していきますので、ホルモンレセプターをもたないものが出現してきますので、一般的には乳がんの根治は難しいと言われていますが、私の患者さんの中には、再発癌でもう10年ぐらい再々発しないでいる方がいます。一回手術をしてその後に、骨と局所に再発があった患者さんです。ホルモン療法が効いたと思うのですが、目に見えるような腫瘍は消えてしまいました。

再発の場合は1つということは普通ないと考える方が正しいと思います。抗がん剤治療ですが、30年間コントロールできたという症例もありますよ。東北の方ですが、今でも通院しています。僕はもう薬はやめてよいよと言ったのですが、本人の希望で薬は飲み続けていますね。私の方では副作用が出ないよう工夫しています。

日本人に多い乳がんの特性

日本と米国の乳がん患者の定型的乳房切除術施行後の健存率(統計学者であるBross氏が処理)についての統計データというものが発表されているのですが、これによると、リンパ節転移の個数による分類を行っても、いずれも日本人のほうが予後良好であることが示されています。試験のあった当時は補助療法がおこなわれておらずほとんど日米ともに同じ手術のみが行われていたのでBiologicalな差をみることができます。こういった日本人の傾向は40年経ったいまも認められています。

最近のgene levelの検討によるとluminal型の乳がんは、欧米人よりも日本人の方が多いことが明らかになってきています。また、閉経後の日本人と白人の血中E2,E1 levelを測定した結果によると日本人は白人の約半分であることが分かりました。

乳がんの治療ガイドラインをみてみると、欧米人を対象とした研究結果を基に治療方針が書かれているものがほとんどと思います。 日本人を相手に治療をするのだから、医師は数の多い試験も参考にしながらも日本人向けのデータにも目を向けないといけません。そして患者さんにも説明をしないといけません。

乳腺専門医の役割

日本乳癌学会というものが日本では組織されていて、乳がんに特化した研究をまとめています。この学会は小さな研究会からスタートしていて、研究会の時などは発表が毎年2回程度で時間も限られたものでした。

しかし日本の治療レベルを上げていかなければならないという思いの基に、若手の医師たちも集まってきて、いまでは大きな組織になっています。いまでは乳腺専門医という制度を作って乳がんを専門的に診ることができる医師を増やそうとしています。乳腺専門医は非常に幅広い知識が必要ですね。現在の規定では、基盤学会の専門医であることが前提条件となっていて、さらに乳腺科として専門分野の研修を受ける必要があります。平成16年10月に日本乳がん学会が法人化されてから乳腺専門医であることを一般に公開できることが国から認可されています。

乳腺専門医という資格は、私が日本乳癌学会の第一回の会長になったときに検討し始めたのですが、他の先生たちも一緒になって一所懸命にやっていただいたので進めていくことができました。がん治療の発展には、がん腫を専門的に知って、自然科学的な基礎の知識や研究も進め、臨床と基礎の架け橋的なことをしなければなりません。

また、いまは世界の研究者とも交流をして情報を収集していないといけない。専門医になるためには多くの試練がありますが、医学を進歩させ、患者さんに役に立つためには重要なことです。そういった姿勢が感じられる医師とのお付き合いが患者さんにとっても喜ばしい結果につながるような気がします。例えば、外科医だと自分自身でがん細胞を刻んで観察したりします。組織培養とかに手を出している人もいますからね。「なぜがんができるのか?」ということを根本的に考え続けていないと研究は進めることができないでしょう。

ラットなどにある種の薬を投与するとがん細胞が発生することは分かっているのですが、その発生の機構自体は詳しくわかっていません。例えば、そのような発がんの機構がわかることが治療にも重要だと思っています。そういうことに触れて、なおかつ臨床にも携わっている医師というのが良い医師だと思います。

103歳の方を治療しました

私は103歳の方を治療したことがあるんですよ。1899年(明治32年)生まれの方で、初診時は2002年(平成14年)でした。右の乳房に大きな固形のがんが認められました。中央部はブロッコリーのような様相で皮膚の表面が潰瘍化していました。大きさも非常に大きくて、10cm×9cmもありました。また、右の脇の下にもがんがありリンパ節転移で、こちらも4cm×4cmと大きなものでした。細胞診をしたところ、乳がんと認められましたが、肺などへの転移はありませんでした。

この方にホルモン療法を行ったところみごとに効果が表れました。右乳房の大きな腫瘍も二週間後、4cm×3cmまで縮小して、脇の下のがんは2cm×2cmの状態になり、表面の潰瘍はほぼ消失するというところまでいきました。これは医学的には30%以上と想定される縮小が4週以上持続する「PR」という非常に良くがんをコントロールできている状態でした。

以後ホルモン療法を続けていたのですが、転倒があり、歩行困難で一か月後来院できずに治療は中断したのですが、初診から四か月後歩行できるようになり再診したところ、脇の下のものは完全に消失が認められ、右乳房のものは2cm×2cmとなっていました。穿刺吸引細胞診をおこなったのですが、がん細胞は認められずに、医学的には全病変の消失が4週以上続く「CR」という非常に良い結果を得ることができました。

こういった症例は非常に稀かもしれませんが、可能性を感じます。治療している医師のモチベーションも上がりますし、もちろん患者さんにも希望を与えると思います。現在目標としているのは、「乳がん死ゼロの日」です。近い将来、それが達成することを切に望んでいます。

取材にご協力いただいたドクター

東海大学付属東京病院乳腺外科手術担当 日本乳癌学会名誉会長 冨永 健先生

1960年大阪大学医学部卒業
大阪大学微生物病研究付属病院外科助手
米国ローゼルパーク癌研究所
東京都立駒込病院外科部長
昭和大学付属豊洲病院・乳癌検診・治療センター長・教授
現在、東海大学付属東京病院乳腺外科(非常勤)手術担当
日本乳癌学会名誉会長

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