- 再発転移がん治療情報
- ドクターコラム
- 【特集記事】患者さんにとって必要な医師
【特集記事】患者さんにとって必要な医師
目次
患者さんを理解することは医師の役割の一つ
医師という職業は患者さんという人を相手にする仕事です。ですから、コミュニケーションができない医師はその適応がないと言えます。以前、作家の曽野綾子さんが医師向けの新聞にとっても良いお話をしていました。「医師の基本的資質は人間的であるということだ。熟練した機械工が機械を熟知しているように、人間を治す場合には人間を知り、人間とのコミュニケーション能力も長けていなければいけない。さらに、医師が相手にしなければいけないのは、同じ年頃の人ばかりではなく、自分よりはるかに年上の人や、はるかに若い人とも接さなければいけない。医師は、実年齢よりはるかに老成していなければならない。
病気は学んでも、人間を学ばない医師というのは問題がある」というものでした。現在では、医師になるために初期臨床研修制度が義務づけられるようになりました。初期臨床研修制度とは医師国家試験合格後2年間の研修を言います。医師国家試験はペーパーテストにより専門的な知識のみをみるものですので、初期臨床研修制度の2年間では、医師として必要な基本姿勢・態度、基本的な診療能力を身につけることが目的とされます。患者さんとのコミュニケーション能力も評価の対象になります。医師の言葉が患者さんにとって、どういう意味を持つか、相手がどういうふうに捉えて、それから相手がどういうふうに考えていくのか、完璧じゃないにしても話す側が把握できなければいけません。
医師は、臨床の現場において自分より人生経験豊富な年上の人と話す場合も多いですが、患者さんには病気というハンディキャップがあるわけです。絶対的に弱みを持っているのです。そういったことを分かってあげていないと、コミュニケーションがうまくいきません。インフォームドコンセントという考えですが、医師の伝え方によっては患者さんにとって良くない方向に捉えられてしまいます。何日も医学講義を受けたわけでもない人に、数分から数時間の中で状況や治療方法を説明して、治療方法はどうするか決めてくださいといっても、言われた方は困ってしまうでしょう。もちろん、それなりに正しいことを告知するのは必要です。しかし、相手の立場に立たずに、ただ告知するのでは医者としての責任を全うしていないと思います。人というのは心があります。いかに相手の気持ちを解かろうとするか。すべてを解かるのは無理かもしれませんが、やはり理解しようとする気持ち、理解しようとする努力は非常に大切なコミュニケーションの鍵になってくると思います。そういった医師は患者さんに信頼されるでしょう。
患者さんの身体が持っている生きようとする力、治す力をどうやってサポートするかが、医師の役割です。医者が治しているわけではないのです。患者さんの治す力と意思がなかったら治りっこありません。いかにいい方向に、治癒する方向に向かわせるのかを医者が手伝っているだけなのです。私は医学部の学長という立場ですが、患者さんの立場になって発言や行動ができる医者が増えることを願っています。
信頼する医師を見つけるために、積極的に治療に参加を!
信頼できる医師を見つけるためには、患者さんも積極的に治療に参加をして、医師に質問などをすると良いと思います。治療や手術となると患者さんは自分の力ではどうしようもないわけです。納得して治療をするためには、信頼できると思える医師に出会うことが大切でしょう。本当の信頼関係がないと納得をして任せるということが難しいでしょう。医師の方も最大限の努力をするでしょうし、その医師が自分の技量を分かっていれば、技量を超えた治療だった場合には、そういったことが可能な病院に紹介をします。
今かかりつけ医とか家庭医というのが重視されていますが、かかりつけ医や家庭医が、紹介する先をきちんと振り分けることができるかが重要です。それも信頼につながるでしょう。ご自身の人生なのですから、患者さんは医師に遠慮しちゃいけないと思います。気分を害さないかな、とか嫌そうな顔しているように見えるなどと、思って遠慮してはいけません。自分が信頼できると思った先生には、ざっくばらんに、信頼関係があれば、それが間違っていたら間違っていたで、きちんと説明をしてくれると思います。患者さんと医師の心が通じて初めて納得のいく医療ができると思います。患者さんがその病気に立ち向かう気持ち、そしてその気持ちを理解する医師、それらがあって初めて上手くいくのです。自分の身体を預けるには、それなりの安心感、そして信頼感が必要です。手術を受けるのにゆったりした気持ちなんてありえませんが、任せた!という気持ちがあったら、医師も応えようとするものです。
プロフェッショナルな医師とは
私の専門は肝・胆・膵領域なのですが、最近では新薬が多く出てきています。特に化学療法は進歩していて、分子標的治療薬なども多くでてきていますね。従来の抗がん剤はがん細胞だけを攻撃するわけでなく、正常に活動する細胞も同じように攻撃してしまいます。そのために重い副作用が現れたりしました。分子標的治療薬では、がん細胞が持っているある特定の鍵に向けて効果を発揮するので、従来の抗がん剤のように正常細胞まで一緒に攻撃することはありません。副作用が完全にないわけではありませんが、従来のものとは異なっています。抗がん剤によって起こる副作用は、個別の薬によっても症状は異なってきますが、白血球や血小板の減少による骨髄抑制、脱毛、口内炎や下痢といった症状です。分子標的治療薬では、従来の抗がん剤と比較すると副作用の現れる確率は低いのですが、血栓症や高血圧、心不全などが起こるものも報告されています。外科医であっても化学療法の知識というものが求められています。
昔ですと、外科では”糸結び”を数年やってという世界でしたが、現在では、いかに手術に使用する機械の特性を知るかが重要です。たとえば電気メスっていうのは、切って血を止めてっていうことは分かるけれども、作用機序が分からないでやってしまうのはいけません。なぜそうなるのかということをキチンと理解して使用することが大切です。盲腸の手術で例えても皮膚の切開の仕方だけでも切り方は色々とあるわけです。それを選択・判断する場合に、「なんでそこを、そうやって切るのか」を説明できないといけません。ただ切れる、血が止まるっていうことだけで使っていたらプロとはいえません。
手術方法の中でも腹腔鏡などで見ながら行う鏡視下手術はだいぶ進歩しました。鏡視下手術は、手でやるよりも丁寧に行える場合が多いです。鏡視下では拡大して見えますので、細かいところまで観ることができます。たとえばリンパ節郭清にしても、昔でしたら目で見て、「リンパ節がありそうだ」ということだけで切除してきましたが、腹腔鏡でみるとリンパ管までそのまま見ることができます。細かいところまで見ながら、それで人間の手では結べないようなこともできるわけです。機械だからこそ、とりきれなかった部分も丁寧に取りきることができる。開腹手術というのは、どうして大きく開くかというと、術野(手術を行っている際に、目で見える部分のこと)を保つためです。特に臓器の裏側・背中側が見えないからです。
たとえば膵臓は背中側にくっついているわけですから、傷を大きくしてでも、大きく開けていかないと、しっかりと確認することができないのです。しかし腹腔鏡でしたら裏側も全部覗くことができます。また、画面に映し出されるので、手術に関わっているチーム全員で情報を共有することができます。メスを入れないで済むものにわざわざメスを入れる必要はありません。患者さんへの負担が少ないのが一番でしょう。外科医の判断としても、切らないで済むものは切らない方向にもっていくのが良いと思います。患者さんにとって、身体に傷がつくということはマイナスになるのですから。
こういった技術というのは将来的にはどんどん進むと思います。テクノロジーは日進月歩ですから、毎年いろいろな機械、薬、治療法がでてきます。医師はいかに早く理解して、利用するところまでたどり着くかが一番大事なところです。
外科医や内科医という立場を超えて
今までは外科医が色々なことをやっていたのですが、最近では、臨床腫瘍学会やがん治療学会などが、治療の考え方を提案していますね。日本臨床腫瘍学会では「がん薬物療法専門医」というものを設けていますし、日本がん治療認定医機構は、「がん治療認定医」というものを設けています。消化器外科学会でも、消化器がん外科治療認定医というものを作っています。それぞれは、認定研修施設と資格を定めていますが、患者さんにとっては非常に分かりづらいですね。がん治療認定医のほうは、がん診療に関する基礎的な知識や技術が求められています。
がん薬物療法専門医のほうは多様化する薬物療法に対応するために、化学療法、分子標的療法、内分泌療法などの薬物療法に関する専門的な知識が求められています。日本における専門医制度は数が増える傾向にあるようですが、患者さんにとってもまだまだ複雑で分かりにくいですよね。患者さんの視点にたった専門医制度を確立することが求められていくと思います。外科医も内科医も手を取り合って、協力しあうようになることが重要だと思います。外科医でも、抗がん剤治療の方が専門になっている医師もいるほどですからね。医師同士の連携も非常に大切な時代です。がん専門の先生がちゃんとチームの中に入り込んで、一緒に同じ組織の中で協調していくことが必要な時代ですね。結局のところは、患者さんがよくなって幸せになることが一番大切です。
取材にご協力いただいたドクター

日本外科学会指導医、日本消化器外科学会指導医、日本消化器病学会指導医 日本消化器内視鏡学会指導医、日本肝臓学会指導医、日本レーザー学会認定医 日本医師会認定産業医、日本消化器外科学会消化器がん外科治療認定医 日本内視鏡外科学会技術認定医 日本肝胆膵外科学会高度技能医指導医 日本高気圧環境医学会高気圧酸素治療管理医 高気圧酸素治療専門医 日本がん治療認定医機構暫定教育医 日本医科大学学長 田尻 孝 先生
1969年3月日本医科大学卒業
1973年6月日本医科大学大学院医学研究科修了
1969年7月1日日本医科大学第1外科入局
1982年4月1日日本医科大学付属病院第1外科医局長
1983年10月1日日本医科大学講師
1989年10月1日日本医科大学助教授
2002年4月1日日本医科大学第1外科主任教授
2003年4月1日日本医科大学大学院臓器病態制御外科教授
2003年12月7日学校法人日本医科大学評議員
2005年4月1日日本医科大学医学部長
2006年4月1日日本医科大学外科(消化器・一般・乳腺・移植分野)主任教授(名称変更により)
2008年10月1日~現在日本医科大学学長
2008年10月1日~現在学校法人日本医科大学理事
2009年3月31日日本医科大学外科主任教授退任
2009年4月1日日本医科大学名誉教授
関連記事
※掲載している情報は、記事公開時点のものです。