【学会レポート III】第54回日本癌治療学会学術集会 「希少がん治療におけるEBMとは何か?」

公開日:2016年11月30日

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 年間の発症率が人口10万人あたり6例未満のがんは希少がんと呼ばれます。患者数が極めて少なく、したがって診断や治療の方法に関する情報も少なく、新薬の開発に困難を来たしている領域のがんです。

第54回日本癌治療学会学術集会で行われたシンポジウム「希少がん治療におけるEBM(evidence-based medicine:根拠に基づく医療)とは何か?」では、希少がんの診療に取り組む医療機関の現状が報告され、治療法のエビデンス(科学的根拠)の創出、新薬開発のあり方などについて活発な議論が繰り広げられました。

「希少がんの新治療法確立に向けての課題」

 罹患率の低い希少がんは症例数が少なく、収益が見込めないため、製薬企業も手が出しづらい領域です。近畿大学では、希少がんに対するテーラーメイド治療の実現に向けて独自のシステムづくりを模索しています。

同大学腫瘍内科の武田真幸氏は希少がんの治療の現状を解説し、薬剤開発の展望について講演しました。軟部肉腫に対する薬物治療では、この2、3年の間にパゾパニブ、エリブリンなどの薬剤が承認されましたが、思わしい効果は得られず、軟部腫瘍診療ガイドラインでもこれらの薬剤の有効性は示されていません。武田氏は、治療を受けた患者でも多くは生存期間が1年余りであることから、「薬物治療は開発途上の段階」としました。

近年急速に開発が進む免疫チェックポイント阻害薬の希少がんへの応用に関心が高まっています。「適切に狙い撃ちできる因子を見つけることができれば、免疫チェックポイント阻害薬は従来の抗がん剤より強い効果を望めます」と武田氏は期待しています。

同大学では固形がん(主に肺がん)を対象に最先端技術を駆使して遺伝子解析を行うことで有効な分子標的薬の開発の糸口を探しています。その結果、原発不明がんでメラノーマなどに見られる遺伝子変異が発見されました。また、血管肉腫では結節性硬化症の原因遺伝子でもある遺伝子の変異が明らかになりました。

武田氏は、「臓器横断的に共通のがん遺伝子異常に着目して行う薬剤開発は希少がんに対する治療戦略として期待できます。希少がんの患者を救うきっかけになるのではないでしょうか」とまとめました。

「GISTに対するエビデンスの構築」

 粘膜から発生する胃がんや大腸がんとは異なって、消化管の壁(粘膜の下の筋肉層)にできる消化管間質腫瘍(GIST)は希少疾患の1つで、患者は年間10万人あたり1~2例です。

従来の抗がん剤はほとんど効果がありませんでしたが、1998年にGISTの原因遺伝子が発見されたことで情勢は大きく変わったといいます。米国でGISTに対する分子標的薬イマチニブの著効例が報告され、治療法開発の拍車がかかりました。GISTについてのエビデンスはこれまではほとんどが欧米で行われた臨床試験から得られたもので、日本発のエビデンスは皆無に近い状況でした。

大阪大学大学院消化器外科の黒川幸典氏らの研究グループは「GISTに対するエビデンスの構築」をテーマに、日本のGIST治療の変遷やエビデンス構築のための研究の動向について講演しました。

日本では2003年にGIST研究会ができて、まず疾患の啓もう活動が行われました。その後2007年に近畿GIST研究会が発足し、多施設共同臨床試験が行われるようになりました。イマチニブを使ったランダム化比較試験も行われ、エビデンスの構築が急速に進みました。大型のGISTを対象にイマニチブの術前投与の効果を検討した医師主導の臨床試験では国内と韓国から55人の被験者が参加しました。

さらに2014年に希少腫瘍研究会が立ち上がり、GIST研究の支援体制が強化されました。前向きコホート研究も開始され、2018年に結果が公表される見込みといいます。前向きコホート研究とは、特定の地域や集団に属する人々(コホート)を対象に行う観察的研究の手法の1つで、研究を開始して新たに生じる(前向きに)リスク因子などについて調査する研究です。

黒川氏は「希少がん治療におけるエビデンスの構築は可能です。そのための医師主導による臨床試験は研究費の確保、組織づくりが重要」と指摘しました。

「小児がんにおける治療開発」

 国立がん研究センター中央病院小児腫瘍科の小川千登世氏は「小児がんにおける治療開発」をテーマに小児がん治療薬のドラッグラグ、臨床試験の基本的な考え方などについて講演しました。「ドラッグ(薬)ラグ(時間のずれ)」は、海外では一般的に使用されている薬が、日本では承認されていないために使えない状況を表す言葉です。

日本では20歳未満の小児がん患者数は3,340人(2013年)で全がん人口の0.3%程度にすぎません。小児がんは、白血病や悪性リンパ腫などの造血器腫瘍がおよそ半数を占め、脳・脊髄腫瘍が約15%、残りはその他の悪性固形腫瘍となっています。

小児の固形がんでは脳腫瘍に次いで多い神経芽腫の予後は1歳未満では比較的良好で、1歳半を超えると悪化する傾向が見られるといいます。欧米では、イソトレチノインが神経芽腫の標準治療として使われています。イソトレチノインはニキビに用いられる薬で、日本では薬として認められておらず、代表的なドラッグラグとなっています。

「成人の治療薬の新規開発では第Ⅲ相試験の成績が承認審査に必要であることは常識となっている一方で、患者数が少ない小児がんでは成人と同じプロセスで承認申請することは困難です。致死的でありながら極めてまれな疾患である小児がんの臨床開発は喫緊の課題」と小川氏は日本の小児がん治療の切実な状況を訴えています。

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