【医療情勢】がんの予防的切除~患者が考えておくべきこととは?~

公開日:2013年06月28日

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乳がんだけでなく、前立腺がんも遺伝性のことがある

ハリウッド女優、アンジェリーナ・ジョリーさん(37歳)が、遺伝子検査で「将来、乳がんになる確率が87%」と診断されたことを理由に、健康な両乳房を切除・再建する手術を受けたことは大きな話題となりました。その後、イギリス人の男性(53歳)が、やはり遺伝子検査によって前立腺がんになりやすいことが診断され、前立腺を摘出したことも報道されました。

アンジェリーナさんは、遺伝子検査の結果、「BRCA1」という遺伝子に変異があると診断されています。一方、イギリス人の男性は、「BRCA2」遺伝子に変異が見つかっています。どちらもがんの発症に関係する遺伝子です。ほかにも、膵臓がんや甲状腺がん、骨肉腫、スキルス性の胃がんなどのごく一部にも、遺伝子変異によって発症することがあると言われています。

国内では聖路加国際病院や、がん研有明病院など、いくつかの病院が実施に向けて準備を進めており、がんの予防的切除は、がんの患者さんにとって無視できないものとなりつつあります。

これらの報道を聞いて、いわゆる「がん家系」という言葉を思い出した人も多いのではないでしょうか。親族にがんになった人が多いと、自分の身も心配になるものです。しかし、実際に遺伝性のがんだった人の割合は決して多くはありません。日本乳癌学会「全国乳がん患者登録調査報告」(2010年次報告)によると、2親等以内(母親、娘、祖母、姉妹など)が乳がんになったことのある人は9%に過ぎませんでした(グラフ参照)。がんの患者さん全体のうち、大半は食生活や運動習慣、ウイルス感染や紫外線といった環境要因が原因なのです。予防的切除手術は、自分の将来や周囲にどんな影響を与えるかを冷静に受け止め、熟慮する必要があります。

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兄弟姉妹への影響を十分に配慮すること

がんの予防切除について考えておきたいことの1つに、遺伝子検査の波及効果が挙げられます。遺伝子検査で「遺伝子変異がある」と診断された人に、兄弟姉妹がいる場合は、彼らが心理的・社会的影響を受けないとは限りません。「自分もがんになりやすいのか」とショックを受けたり、結婚や子育ての足かせになったりすることも考えられます。
日本人類遺伝学会の「遺伝学的検査に関するガイドライン」では〈クライアント及びその家族は知る権利と共にそれを拒否する権利(知らないでいる権利・知りたくない権利)も有しており、いずれも尊重されなければならない〉と定められています。主に医療者向けのガイドラインではありますが、家族の「知らないでいる権利」は、遺伝子検査を受ける本人も考慮する必要があると言えます。

遺伝子検査を受ける前には、医師や遺伝カウンセラーによる専門的なカウンセリングを受けることになっています。以前にも、遺伝カウンセラー監修による「遺伝カウンセリングとは」、「遺伝子検査を受けるメリット・デメリット」についてまとめた原稿が掲載されています(※下部のリンクを参照して下さい)。兄弟姉妹を同席した上で遺伝カウンセリングを受けられる場合もありますから、そろって相談してみてもよいでしょう。

実際に検査を受けるか否かはカウンセリングを受けてから決めることになっていますから、兄弟姉妹も一緒に検査を受けたり、受けるのをやめたりする選択もできます。

今も国内外で続いている倫理的問題の議論

また、現段階で病気ではない臓器を摘出することの是非も、気にとめておきたいポイントです。アンジェリーナさんは、報道で「乳がんになる確率が87%だったのが、(手術を受けたことで)5%に下がった」と話しています。しかし、将来的にがんが発症せずに済むか否かは誰も保証できません。可能性は低いにしても、生涯正常な乳房かもしれないのです。

2004年、アメリカでは重い脳障害を患う少女(当時6歳)の両親が、娘に子宮や乳房などの切除手術を受けさせたことが話題になりました。少女は、病気の影響で起き上がることも話すこともできず、精神の状態は生涯にわたり幼児レベルであると診断されていました。両親は、思春期になって月経や乳房の発達が始まると、娘本人の健康状態、生活の質(QOL)が損なわれ、介護を行う側の負担にもなることを手術の理由としています。この判断は、医療上の必要のない臓器を摘出したこと。そのような重大な選択を親が決定したことなどが論争になっていました。

がんや病気の予防、あるいは負担軽減のためとは言え、臓器の摘出手術には大きな身体的負担が伴います。それを医療として認めて良いかの倫理的問題は、今もって国内外で議論され続けています。

費用負担250万円を高いとするか、妥当とするか

もう1つ、費用面の負担もぜひ考えておきましょう。予防切除は病気の治療ではないため、公的保険の適用外です。したがって、手術や入院に関する費用は全て患者さんの自己負担となります。国内で予防切除を準備している病院の1つ、相良(さがら)病院(鹿児島市)は、報道で「費用は両乳房で約75万円、シリコン製の人工乳房による再建手術も含めると約180万~200万円と試算される」としています。合わせて250万円以上の費用が生じるのです。また、手術後は定期的な検査やカウンセリング等が行われることが予想され、さらに費用が必要となるはずです。この経済的負担を妥当とるか、高いとするかは、個人によって解釈に差がありそうです。

なお、予防的手術ではなく、通常の治療目的の手術に関しては、このほど明るいニュースが流れました。7月から、乳がんの全的手術後に使う人工乳房が保険適用されたのです。従来は全額自己負担だったため、片方の胸で約100万円程度が患者さんの自己負担となっていました。それが、これからは原則3割の窓口負担で済むようになります。アンジェリーナさんの一件がきっかけで、乳房切除に関する世論が高まったことも影響したのかもしれません。

※認定遺伝カウンセラーが監修した、遺伝カウンセリング、遺伝子検査を受けるメリット・デメリットについてまとめられた原稿はこちらです。
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