【特集記事】大腸がんの原発部位で異なる予後、薬物治療の効果

公開日:2018年02月28日

大腸は、盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸、直腸からなる全長約2メートルの消化管で、 最近の研究では、大腸がんの発生する部位によって予後に違いが出ることがわかってきました。がんが発生する部位でどのような違いがあるのでしょうか。 聖マリアンナ医科大学病院腫瘍内科准教授、砂川優先生にお話を伺いました。

目次

盲腸・上行・横行結腸は右、下行・S状結腸、直腸は左

国立がん研究センターが昨年8月9日に公表したがん患者の5年生存率の集計結果によると、すべてのがんの平均5年生存率は65.2%でした。部位別で見ると、5大がんでは胃がん70.4%、大腸がん72.6%、肝臓がん38.5%、肺がん39.1%、乳がん(女性のみ)92.7%でした。大腸がんの5年生存率はどの病期(ステージ)でも比較的高く、予後が良い、または治療が進んでいるがんであることがうかがえます。

また、同センターのがん罹患数予測(2017年)では、大腸がんは149,500人(男性85,500人、女性64,000人)で第1位を占めています。さらに、がん死亡数予測では大腸がんは肺がんに次いで2番目に多く、女性では第1位となっています。

大腸は、盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸、直腸からなる全長約2メートルの消化管で、がんは大腸のどこにでも発生します。特にS状結腸と直腸にできやすく、その割合は一般的に結腸がんが約7割、直腸がんが約3割と考えられています。

最近の研究で大腸がんの原発部位が右側(盲腸、上行結腸、横行結腸)か左側(下行結腸、S状結腸、直腸)かによって予後などに差があることがわかってきました。

基礎から臨床への「橋渡し研究」の対象はバイオマーカー

私は2003年に大学を卒業し、研修医として勤めた後、腫瘍内科医として臨床に携わりました。消化器がんだけでなく、乳がん、肺がんなどあらゆる固形がんに対する抗がん剤治療に取り組みました。大腸がんの患者さんを対象に行った臨床試験がきっかけで、消化器がんでも特に大腸がんに関わるようになりました。

その後、トランスレーショナルリサーチとしてのバイオマーカーを勉強するために2013年から米国南カリフォルニアにあるがんセンターに留学しました。トランスレーショナルリサーチとは、基礎研究の成果を臨床に実用化させるため、その有効性と安全性を確かめる「橋渡し研究」のことです。

当時、その研究室で熱心に議論されていたのは、大腸の左側と右側にできたがんの「差」でした。日本ではほとんど関心をもたれないようなテーマでした。2年間の留学を終えて帰国する、ちょうどそのころから大腸がんの左右差について世界の関心が高まっていきました。

私が留学した頃、日本では特定非営利活動法人日本がん臨床試験推進機構(JACCRO)の「切除不能進行・再発大腸癌におけるEGFR陽性・KRAS遺伝子野生(正常)型に対する一次治療FOLFOX+セツキシマブ併用療法の有効性を検討した第Ⅱ相試験(JACCRO CC-05)」と、「切除不能進行・再発大腸癌におけるEGFR陽性・KRAS遺伝子野生(正常)型に対する一次治療SOX+セツキシマブ併用療法の有効性を検討した第Ⅰ/Ⅱ相試験(JACCRO CC-06)」が行われていました。

FOLFOXはフルオロウラシルとオキサリプラチンの併用療法、SOXはテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウムとオキサリプラチンの併用療法です。

そこで、帰国後、私は日本人の大腸がんの左右差について研究をするために、このJACCRO CC05/06試験で得られたデータをまとめて解析させてもらいました。当初、両試験とも大腸がんの原発部位に関する情報はなかったため、この研究のためにわざわざ原発部位の情報を追加で収集していただきました。

解析の結果、わが国の再発・転移した大腸がんの患者さんでも、原発部位の違いによって生存期間に差があり、右側は左側より予後が悪いことが明らかになりました。この結果は2016年の米国臨床腫瘍学会の関連シンポジウムで、「日本人切除不能大腸がん患者の生存期間に及ぼす原発病変部位の影響」として報告し、その後論文発表させていただきました。

左右差が明らかなのはステージⅣ、Ⅲ以下は不明

大腸がんは原発部位の右側と左側で予後に差が生じるのはなぜでしょう。理由はいくつか考えられますが、第一に、大腸は右側と左側とでは腫瘍生物学的にみてがんの発生過程が異なることが挙げられます。ヒトの発生学的な観点から消化管は前腸、中腸、後腸に分けられ、大腸は右側が中腸、左側が後腸から発生しています。大腸は、ちょうど横行結腸から下行結腸につながる部分を境に左右に分かれます。

また、栄養される血管も、右大腸は上腸間膜動脈系、左大腸は下腸間膜動脈系によってそれぞれ支配されています。こうした背景から左側にできるがんと右側にできるがんは性格が異なることが理解できます。さらに、右側発生の大腸がんではがんに関連した遺伝子変異が多く、がんの増殖スピードが速いという可能性もあります。そのほか、右側の発がんに腸内細菌と炎症の関与を示唆する研究報告もあります。

大腸がんになると、便の表面に血液やゼリー状のものが付着したり、便が細くなったり、細切れになったりします。便秘と下痢を繰り返すこともあります。便が引っ掛かるような感じがしたり、排便の回数が増えたりすることもあります。直腸がんでは出血すると新鮮血がみられることがあります。

また、上行結腸がんと下行結腸がんでは、例えば便の性状の違いから症状も異なってきます。上行結腸では水分を多く含み粥状であるため、がんで腸管が狭くなっていても便は軟らかいので詰まりにくく、がんが大きく進行して初めて発見されることもあります。

このように、右側にできたがんは早期発見がよりむずかしく、そのため予後が悪いといえるかもしれません。しかし、手術でがんを完全に切除した後に再発した患者さんでも、右側にできたがんは左側にできたがんより予後が不良であることが示されており、右側にできたがんは根本的に性格が悪いと考えられます。

大腸がんの左右差が予後などに影響することがわかっているのはステージⅣで、ステージⅠ、Ⅱについては明らかになっていません。ステージⅢに関しては左右差があるという報告もありますが、データによってばらつきが見られ、議論の余地があります。

逆に、右側にできたがんでも左側にできたがんより予後が良い場合もあります。細胞では、細胞分裂にともなうDNA複製時に塩基の不対合(ミスマッチ)がある場合、ミスマッチ修復機構が働いて、それを修復します。この修復機構の機能低下により、さまざまな遺伝子の異常が積み重なり、細胞ががん化することがあります。

ミスマッチ修復遺伝子の異常によって起こるマイクロサテライト不安定性(MSI)といわれる現象は、遺伝性大腸がんで高頻度に見られますが、遺伝性でない大腸がんでも10%程度に認められます。そういったMSI-Highの大腸がんは右側に多く見られ、早期に発見し治療すれば予後は良いことが知られています。

左右差をバイオマーカーとして積極的に治療戦略

近年、殺細胞性の抗がん剤のほか、血管新生阻害薬、抗EGFR抗体などの分子標的薬、免疫チェックポイント阻害薬などが登場し、がんの薬物治療は目覚ましい発展を遂げています。大腸がんの薬物療法は基本的には術後の再発・転移予防(補助化学療法)と、切除不能の進行がんに対して行われます。

抗がん剤はさまざまな種類があり、多彩な組み合わせによる併用療法が行われます。切除不能進行再発大腸がんで、初回(1次)治療に強力な治療が適応となる場合の化学療法は6種類の選択肢があり(大腸癌治療ガイドライン2016年版)、それぞれ4次ないし5次治療まで治療戦略が組まれています。

2016年に発表された欧米で行われた臨床試験の解析で、分子標的薬の抗EGFR抗体は左側にできたがんに対して有効で、右側にできたがんの多くでは効果が低いことがわかりました。こうした研究成果は臨床現場に少しずつ変化をもたらしています。

大腸がんのステージⅣの治療は抗がん剤による薬物療法になりますが、がんが右側にある場合、より強力な抗がん剤を使ってできるだけ予後を改善するという考え方になってきました。一方、左側にあるがんに対しては抗EGFR抗体の効果が期待できるので早い段階から使うようになってきています。最良の効果を目指した積極的な治療戦略が立てられるようになったのは大きな進歩といえるでしょう。

大腸がんの原発部位情報は、より効果的な薬物療法の選択に関わる有用なバイオマーカーの役割を果たしうるといえます。ただし、右側大腸にがんがある患者さん全員の予後が不良ということではなく、例外もあります。現在、それを判別するバイオマーカーを見つけるためのトランスレーショナルリサーチを進めています。

トランスレーショナルリサーチの魅力は、得られたデータを臨床応用に直結できることです。術後に再発しやすい人、しにくい人の予後予測を採血だけで判断できるような新たなバイオマーカーの開発なども近い将来、可能になるかもしれません。

がん患者さんに知っておいてほしいこと

日ごろからがん患者さんに接して感じていることが2つあります。

1つは、医療機関で提供できる医療の内容、その質を的確に伝え、患者さんに迷うことなくアクセスしていただくことのむずかしさです。どの医療機関でも同様の悩みをもって試行錯誤していると思います。

がんと診断された患者さんはがんの専門病院で治療を受けることを希望される方が多いと思います。もちろん、そのこと自体に問題はありません。どうしてそうなるのかと考えた時、患者さんががんと診断されてどの病院に行けばよいのかわからないからではないかと思っています。

がんの専門病院だから、そこでしか受けられない治療というのはそれほど多くありません。同等の治療を提供することができ、質の高いがん治療を受けられる病院は各地にあります。わざわざ遠方のがん専門病院に行かず、より近い病院で同じ治療を受けることは患者さんのメリットになると思います。そのための情報を伝えきれていないのが現状ではないかと考えています。

もう1つは、患者さんには自分の人生に向き合って、よりよい時間を過ごしていただきたいということです。腫瘍内科医として私たちが日常接する機会が多いのはステージⅣや再発転移の患者さんです。われわれの話を聞いて、病状を理解し、自分で判断される人もいれば、任せきりという人もいます。

おしなべて、日本人は欧米人に比べて死生観を学ぶ機会が少なく、そのため人生設計がうまくいかない部分もあるように思います。医療スタッフは治癒の糸口を見つけようとして全力で治療にあたります。患者さんには、スタッフと一緒に自分が受ける治療法を選択し、同時に将来の生き方を考えていただくことが重要だと思っています。有意義な時間が過ごせれば、その分治療もうまくいく例は多いです。

災害時の対処について

災害時には、私たち医療者も被災する可能性があり、患者さんが孤立しないようにする必要があります。そのため現在、神奈川県ではがん診療連携拠点病院を中心に医療機関が被災した際の病院連携で診療機能を補完するシステムを構築しています。その体制ができれば、万が一の時に患者さんが行動しやすくなると思います。

ポイントまとめ

  • 大腸は、盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸、直腸からなる全長約2メートルの消化管で、がんは大腸のどこにでも発生する。特にS状結腸と直腸にできやすく、結腸がんが約7割、直腸がんが約3割と考えられている。
  • 日本でも再発・転移した大腸がんの患者さんは、原発部位の左右差、右側(盲腸、上行結腸、横行結腸)か左側(下行結腸、S状結腸、直腸)によって生存期間に差があり、右側は左側より予後が悪いことが判明している。
  • 大腸がんの左右差が予後などに影響することがわかっているのはステージⅣで、ステージⅠ、Ⅱについてはまだ不明。ステージⅢに関してもデータによってばらつきが見られる。
  • 大腸がんの原発部位情報は、より効果的な薬物療法の選択に関わる有用なバイオマーカーの役割を果たしうる。例外もあるため、現在、臨床の場で有効性を確認した治療を日常医療で応用するための研究を進行中である。
  • がんの専門病院でしか受けられない治療は限られており、同等で質の高いがん治療を受けられる病院は他にもたくさんある。また、患者さんは自分が受ける治療法を自らも選択し、同時に将来の生き方を考えることも大切である。

取材にご協力いただいたドクター

砂川 優 先生

聖マリアンナ医科大学病院 腫瘍内科准教授 

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