【特集記事】がん細胞にも個人差がある

公開日:2012年12月03日

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がん細胞も個人差がある

免疫療法の一つはキラーT細胞と呼ばれる免疫細胞が、がん細胞だけを認識して攻撃する点を利用して行われます。がん細胞だけを攻撃するのですから、うまくいけば副作用なしにがん細胞だけを殺傷することができます。このT細胞によるがん細胞の認識は細胞表面にあるいわゆる「がん抗原」によって行われます。がん抗原とはがん細胞の目印となる鍵穴のようなもので、キラーT細胞はこの鍵穴を見つけてがん細胞ということを認識するのです。しかし、ここで大事なことは、このがん抗原は同じ人でも、がんの発生する臓器が異なれば、違うし、また、個人ごとに異なっているという点に注目しなければいけません。

例えば、同じ胃がんであっても、Aさんのがん抗原と、Bさんのがん抗原が異なっていることです。つまり、Aさんのがん細胞に対するキラーT細胞による治療法はBさんには使えません。もし、偶然にがん抗原が同じであれば、免疫細胞の中の樹状細胞というものを利用して、キラーT細胞を誘導し、がん細胞を殺傷するということが簡単にできることになります。しかし、そうしたことが起こる可能性は極めて少ないと云えます。

少し専門的なお話になりますが、免疫細胞の中に樹状細胞という特殊な細胞があります。これはがん抗原蛋白質を細胞内に取り込み、蛋白質分解酵素によりペプチド断片に分解し、8から11個のアミノ酸残基をMHCクラス I(エムエイチシークラスワン)と呼ばれ蛋白の溝の中に入れ、細胞表面に発現します。つまり、[MHCクラス I+がん抗原]という複合分子が樹状細胞の表面に発現されるのです。ここで大事なことは、T細胞はこの[MHCクラス I+がん抗原]を認識するのですが、がん抗原だけだと認識できないのです。

もう一つ大事なことは、T細胞はクローンからなるのですが、樹状細胞の助けを借りて、[MHCクラス I+がん抗原]を認識するキラーT細胞クローンがまず増殖して仲間を増やします。こうして数を増やしたキラーT細胞ががん細胞の[MHCクラス I+がん抗原]を見て「こいつは敵だ!」と初めて認識し、攻撃するのです。いま行われている樹状細胞療法というのは、がん細胞だけを狙い撃ちできるキラーT細胞を特異的に増殖させて、がん細胞を撃退させる方法と言えます。そのためのがん抗原を提示できる樹状細胞をできるだけ患者さんの中に入れてキラーT細胞を増やそうというのが樹状細胞療法の考え方です。

※MHC(Major Histocompatibility Complex)とは、主要組織適合遺伝子複合体(しゅようそしきてきごういでんしふくごうたい )と呼ばれ、免疫反応に必要な多くのタンパクの遺伝子情報を含む大きな遺伝子領域のことです。上述の遺伝子産物がMHC分子と呼ばれ、細胞の表面にある細胞膜貫通型糖タンパク分子のことで、代表的なものがMHCクラス IとMHCクラスⅡであります。この中で、MHCクラス I分子は体中の全ての細胞に発現されるIDカード様なものです。IDカードですから個人々々皆違ったところがあり、個人を識別する目印となります。例えば、骨髄移植をする場合には、このMHCクラスⅠの適合が必須となります。MHCクラスⅠの分子表面の一部に溝があり、細胞内のさまざまなペプチド(タンパク質の断片)を細胞表面に提示する働きを持っています。がん抗原だけでなく、細胞に感染したウイルス癌抗原などもMHCクラス I分子に結合して細胞表面に提示され、それがキラーT細胞の認識する標的となります。

MHCクラス1の発現が免疫療法の効果を左右する

免疫療法の問題点として、もう一つあるのは、がん細胞そのものがMHCクラス I分子を発現していない場合があります。正常な細胞ではMHCクラスI分子は必ず発現しますが、遺伝子異常が基盤にあるがん細胞では発現が欠落したり、不十分なことがあります。MHCクラス I分子がなければ、がん抗原はがん細胞の表面に発現されませんから、キラーT細胞の標的とならないことになり、攻撃されることもなくなってしまいます。ですから、キラーT細胞を利用する免疫療法では、MHCクラス I分子の有無が大変大事なことになります。

細胞膜表面の有無が治療効果を決める例として、HER2(ハーツー)と呼ばれる細胞表面に存在する糖タンパクを標的とする分子標的治療薬トラスツズマブ(ハーセプチン)というお薬があります。もともと乳癌を対象にして作られた薬ですが、トラスツズマブはHER2が発現していないと効果がありませんので、HER2の発現を事前に調べます。その結果、がん細胞の中には、HER2を発現しているものと、そうでないものがあり、乳がんなどで、多く発現していた場合でも、40〜50%くらいだと思われます。最近は胃がんでもHER2の発現のあることが分かり、トラスツズマブを使用することが保険適用となっています。

私の見た症例の中には、胃癌でHER2の発現100%という人がいましたが、このような場合には劇的に薬の効果があります。この例では肝臓に転移があったのですけれども完治しました。このように、治療法によっては、がん細胞表面に発現する分子の詳細が必須なことがあります。

がん細胞に共通する抗原は見つかるのか

今は、分子遺伝学的な技術が急激に進歩している時代です。従って、個々の人で異なるがん抗原の分子構造も近いうちに特定できるようになると期待しています。しかし、現時点は、まだ不可能なので、私が免疫細胞療法を行う場合には、患者さんのがん組織からがん抗原を採取することから始めます。まず、病巣からの生検でがんの種類について病理学的に診断をします。

と同時に、MHCクラス1を持っているかどうかの検査をします。この検査が大切で、発現率などを確かめてから治療方針を決めていきます。MHCクラス1を持っていることが分かり、手術適応のある場合には、外科の先生の協力で、がん細胞をフォルマリンなどで固定せず、また凍結することもせず、生の状態で出来るだけ多く採取します。そして複数の酵素を使ってがんを含む組織をばらばらの細胞単位の状態にしてから、比重遠心法でがん細胞だけを取り出します。がん組織は必ずしも、がん細胞だけではなく、間質や血管などのがん以外の細胞が50%以上あり、場合によっては得られるがん細胞は全体の10%以下となる場合も珍しくありません。

こうして取り出したがん細胞を凍結そして融解という作業を繰り返すことにより、細胞が壊れますが、膜成分は保存されますので、膜成分に含まれるタンパクを採取することが可能です。膜成分の一部は細胞膜ですから、このタンパクの中にがん抗原があるだろうという想定になります。一方、同時進行で、同じ患者さんの血液から樹状細胞を増殖させ、同時にリンパ球については増殖因子を使って活性化T細胞分画を調整します。この樹状細胞に先ほどのがん細胞からとった膜タンパクを貪食させ、同じ患者さんから調整した活性化T細胞と一緒にして患者さんに戻すという作業を行っていきます。

このようなプロセスは非常に時間、手間、費用がかかり、一般的に普及する技術にはなっていないのが現状です。しかし、手間の分だけがん細胞に特異的に働く可能性も高くなります。この時間と手間を少なくして、治療コストを下げて一般化するということが大きな課題となっています。既に前述しましたが、がん抗原は個人差がありますが、がん細胞のがん抗原候補を100人あるいは1000人以上の人数から採取して、共通する箇所を見つけ出す研究もおこなわれています。共通すると思われる部分を複数混ぜて、ワクチンとしてつかう場合もあります。

上記のがん抗原を標的としないのがナチュラルキラー細胞(以下 NK細胞)を使った治療です。NK細胞が標的とする抗原は糖タンパク類と考えられています。正常細胞にはMHCクラスIが発現されていますが、このMHCクラスIはNK細胞の攻撃を抑制するようにできています。つまり、MHCクラスIを発現するがん細胞にはNK細胞は作用しないことになります。しかし、MHCクラスIの発現がないがん細胞には、分子標的薬やこのNK細胞による治療が有力になってきます。従って、患者さんの血液から、NK細胞だけを培養で増殖させる技術が大切となり、複数の施設が特許を取得し、独自な方法でがん治療をすすめているのが現状です。

京都大学の山中伸弥先生もIPS細胞でノーベル賞をもらったこともありますし、日本の研究はこれから希望を持っても良いと思います。

がん細胞と免疫細胞の関係

T細胞やNK細胞は、発癌して間もないがんをその芽のうちにいち早く察知して排除する働きがあります。このがんを芽のうちに排除する機能(免疫監視機構)の働きが弱ってしまうと、がん細胞は次第に大きくなり、臨床的に見つかる大きな腫瘍になっていきます。若い人には遺伝子異常などのトラブルがない限り、免疫機能がしっかりしていますので、がん細胞が出現してくることは、あまりありません。個人差はありますが、免疫機能のピークはだいたい20歳代で、40歳代になると平均で半分くらいまで落ちると言われています。

そして、実際にがんの発症が増加し始めるのは40歳代後半からです。この免疫機能全般の機能低下と共に、免疫監視機構の働きが低下することががん発症の理由の一つになると考えられます。実際にがん患者さんと、がん患者さん以外の方で体内の免疫力を定量的に計測してみると、がん患者さんの免疫力は同じ年代の健常人よりも低いところに分布するということが分かります。この結果からは、免疫力が落ちているために、がんが発症のか、或いはがんが発症して免疫力が落ちたのかわかりません。

しかし、がんが発病したごく初期の患者さんの免疫力を計測してみても、すでに免疫機能が下がっていることが分かりました。つまり、免疫力の低下ががんの発症の一因になっているらしいのです。

免疫系によるがんの排除機構が有効に働くのは、がんがまだ微小な段階なのです。ある程度大きくなってくると、人工的に免疫細胞療法などで、がんに作用する免疫細胞を増やさない限り、自然に排除することは難しいと云えます。 どちらにしても、がん病巣が大きくなるに従い、そのがん細胞を退治しようと免疫機能の力が集約されてくるのと、がん組織自体の免疫機能抑制効果により、悪循環状態になり、免疫機能は低下します。がんの進行がまだ局所に限局しているときは、手術適応があると云えます。がん組織を外科的に切除した場合は、がん細胞の数は臨床的にがんと分かる以前の状態に戻ることになります。即ち、この時期にこそ、免疫細胞療法で、がん細胞を退治するチャンスだと云えます。外科的にがん病巣を取ったものの、がんの再発が疑われる場合には、化学療法に合わせて、免疫細胞療法も行うべきでしょう。再発が分かってからでは遅いのです。

免疫機能を使って再発・転移している患者さんのQOLを上げる

がんが再発・転移している患者さんでは、免疫機能が低下し、QOLも落ちていますので、QOLを改善することが大事になります。QOLを良くする方法の一つとして、活性化Tリンパ球療法があります。活性化Tリンパ球というのは、特定の抗原だけを認識してがんをやっつけるという仕組みにはなっていません。患者さん身体からリンパ球をとってきて、それを試験管内で1000倍くらいに増やします。これはいろんな抗原に対するリンパ球を含んでいますので、患者さんの中に戻すことによって、全体の免疫機能レベルを上げることができます。

その結果、今まで辛かった症状が緩和されることが多くの場合認められています。リンパ球を増やすのに最大で2週間かかりますから、2週間を目安に治療を継続していけば、中にはキラーT細胞もあるかもしれないですから、がん細胞の数を少しは減らす役割を果たすでしょう。

がんが進行しているときにでてくる症状で、がん性胸膜炎、がん性腹膜炎があります。これは癌細胞が胸腔や腹腔内に増殖してくる症状で、大量の胸水や腹水を伴うことが普通で、QOLを低下させる大きな要因になっています。この胸水や腹水にもTリンパ球が含まれていますので、それを培養して、患者さんに戻すことによって、がん性胸膜炎でもがん性腹膜炎でも、がん細胞の数が減っていきます。すべてのがん細胞を根こそぎ退治できるわけではありませんが、化学療法(抗がん剤治療)などと、組み合わせて行えば、効果が期待できるでしょう。

抗がん剤を使っていると、がん細胞にも効果はありますが、正常細胞も傷つけることになります。正常細胞も傷つくと、身体が弱ってきますから、基礎的な免疫力を高めるためにも、抗がん剤治療のインターバルのときに活性化Tリンパ球療法を行います。そうすると全身状態の回復がかなり期待できます。

取材にご協力いただいたドクター

東京医科歯科大学名誉教授 廣川 勝昱先生 東京医科歯科大学 名誉教授、中野総合病院顧問、健康ライフサイエンス 代表取締役、新宿海上ビル診療所 理事 <資格免許> 1965年5月1日 医師免許証(187563) 1968年10月8日 死体解剖資格(2283) 1969年3月31日 学位(医学博士) 1980年1月17日 認定病理医(339) Member of Editorial Board 1995年~現在 Experimental and Molecular Pathology 2000年~現在 Experimental Gerontology 1995年~2005年 Mechanism of Ageing and Development <学会> 欧州免疫老化研究会(名誉会員) 日本老年医学会(代議員) 日本免疫学会(一般会員) 日本病理学会(名誉会員) 日本癌学会(一般会員)

1958年3月都立小石川高等学校 卒業
1964年3月東京医科歯科大学医学部 卒業
1965年3月東京医科歯科大学医学部付属病院(インターン)終了
1969年3月東京医科歯科大学医学部大学院医学研究科 卒業
1969年4月~1976年6月東京医科歯科大学医学部 第2病理助手
1972年9月~1974年12月米合衆国NIH NIA 留学
1976年6月~1981年10月東京医科歯科大学難治疾患研究所 病理助教授
1981年11月~1985年11月東京都老人総合研究所 基礎病理部 第2研究室長
1985年12月~1990年7月東京都老人総合研究所 基礎病理部 部長
1990年8月~1994年3月東京都老人総合研究所 免疫病理部 部長
1994年4月~2000年3月東京医科歯科大学 医学部第二病理 教授
2000年4月~2005年3月31日東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 分子免疫病理学分野 教授
2001年4月~2004年3月東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科科長/副科長
2001年4月~2004年3月医学部長
2003年10月16日~2005年3月31日東京医科歯科大学 副学長 
2005年4月1日~現在 東京医科歯科大学 名誉教授
2005年4月1日~現在 中野総合病院顧問
2006年5月1日~現在 健康ライフサイエンス 代表取締役
2007年4月1日~現在 新宿海上ビル診療所 理事

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