【特集記事】遺伝性乳がん卵巣がんの最新知見――卵巣がんを中心に

公開日:2017年09月29日

目次

遺伝するがん、しないがん

ヒトは性別に関与する遺伝子を除き、同じ働きを持つ遺伝子を一対(ふたつ)ずつ持っています。遺伝性腫瘍は基本的に常染色体(性に関わる染色体以外の染色体)の優性遺伝で、一対のうち、どちらかの遺伝子に変異があれば発症する可能性があります。ただし、遺伝的に異常があったとしても発症しない人もいるので注意が必要です。

大まかに説明すると、一対のうち片方の遺伝子に変異が起こり、さらにもう一方にも変異が起こってがんが発症します。この考え方を「ツーヒットセオリー」と呼んでいます。通常は二度の変異が必要なため、病気を発症する確率は低いです。

ところが、生まれつき片方の遺伝子に変異が起こっている場合には、もう片方の遺伝子に一回変異が起こるだけで発症するため、生まれつき変異がない人に比べて、発症しやすくなります。

一回の変異で発症するため、一般的に若年で発症し、多発性(乳がんなどの場合には両方に発症することがあります)という特徴があります。通常は経年と共に発症率が高くなります。がんの種類にもよりますが、遺伝するがんは、全体の5%以下といわれています。

乳がんは1万人に12.4人、卵巣がんは1万人に2.4人程度発症する病気です。卵巣がんは、乳がんに比べると数は少ないですが2人に1人が亡くなる、致死率の高い病気です。

遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)はBRCA1またはBRCA2という遺伝子(BRCA)の変異によって起こります。BRCAは、DNAを修復する働きを持つ遺伝子です。HBOCの卵巣がん患者さんは、高異型度漿液性がんが多く、すでに進行した状態で発見されるという特徴があります。

BRCAに変異がない人と比べると、約30~40倍のリスクがあるといわれています。また、HBOCの卵巣がんの特徴として、化学療法がよく効き、予後に関しては変異がない人よりも良いとわかっています。

HBOCは常染色体優性遺伝で、女性では乳がん、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんを発症しやすいです。婦人科領域では、卵巣がん・卵管がん・腹膜がんは発症の起源がほぼ同じで、治療方針がほとんど変わらないため、同じものと考えています。

45歳以下の若年性の乳がんや両側性の乳がん、男性では前立腺がんや膵臓がんも発症します。また、男性の乳がん患者さんが家族の中にいる場合は、HBOCを疑ってみてもいいと思います。

卵巣がんの10%が遺伝性卵巣がんだと考えられていますが、その中には、リンチ症候群など、BRCA以外の遺伝子変異が原因のがんも含まれています。遺伝性の卵巣がんの原因として、BRCA1が70%、BRCA2が20%、リンチ症候群が2%、その他の遺伝子変異によるものが8%程度といわれています。しかし、ほかにも遺伝性卵巣がんの原因遺伝子があると考えられていて、盛んに検索が行われています。

HBOCは遺伝するので、近親者の中にがん患者さんがいるかどうか(家族歴)が重要です。そこで、私の研究室で、卵巣がんの患者さん102人に聞き取り調査しました。卵巣がんの患者さんは、乳がんの家族歴があったのは21.6%(約5人に1人)、卵巣がんの家族歴は9.8%(約10人に1人)、卵巣がんと乳がん、両方の家族歴があるのは3.9%という結果でした。

ただ、注意してほしいのは、調べたのは全員がサバイバーということです。卵巣がんは致死率の高いがんなので、実際にはもう少し数値に変化があるかもしれません。

メリット、デメリットを偏りなく伝える

乳がんや卵巣がんなどの家族歴があるかどうかということがこの疾患を見つけるきっかけになります。検査が推奨される人に対して遺伝カウンセリングが行われ、本人の意思を確認したうえで、遺伝学的検査を行うという流れになります。

遺伝カウンセリングとは、遺伝が関わる病気の専門的な知識や経験を持っている専門医や専門のスタッフが相談者とコミュニケーションをとりながら理解と意思決定をしていくための医療サービスです。また、遺伝学的検査とは、子どもに遺伝する生殖細胞の遺伝子に変異がないか調べる検査です。実際には遺伝的リスクを評価するのが先になります。下記の項目に該当しないかどうかを調べます。

■遺伝的リスク評価

  • ・BRCA変異があると確認されている近親者がいる
  • ・若年性の乳がん患者さん(45歳以下)
  • ・両側性の乳がん患者さん(50歳以下)
  • ・乳がんの家族歴がある乳がん患者さん
  • ・Triple negative※ 乳がん患者さん(60歳以下)
  • ・男性の乳がん患者さん
  • ・卵巣がんの家族歴がある乳がん患者さん
  • ・卵巣がん患者さん
  • ・乳がん、卵巣がん、膵がん、前立腺がん(Gleason score※ 7以上)の患者さんが家系内に複数いる前立腺がん、膵がん患者さん
  • ・がん組織の遺伝子検査でBRCA変異が確認されたがん患者さん
※Triple negative(トリプルネガティブ):
エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、HER2というたんぱく質のいずれも存在しないタイプの乳がん。一般的に予後不良といわれている
※Gleason score(グリソンスコア):
前立腺がんの悪性度を示す指標で、2~10の9段階に分類したもの。数字が大きいほど悪性度が高いことを示す

この遺伝的リスクの項目に該当する人がいた場合に遺伝学的検査を勧めます。ここで注意しなければいけないのは、遺伝カウンセリング、遺伝学的検査は患者さんが任意で受けるものである、ということです。どちらも自費診療のため、経済的な負担がかかります。

ともすると、「遺伝学的検査を受けたほうがいい」「遺伝学的検査を受けるべきだ」と言ってしまいがちですが、検査を受けるメリットとデメリットを偏りなく説明し、本人に選んでもらうことが大切です。もしも遺伝カウンセリングを希望する方がいればインターネットで「遺伝カウンセリング」というキーワードで調べるか、近隣の病院に「遺伝カウンセリングをやっていますか」と尋ねてみるといいと思います。

検査には利益とリスク・限界があります。

まず利益は、

  • ・ハイリスクの個人を特定することができる
  • ・家系内で見つかっている変異の保持者ではないとわかる
  • ・早期発見または予防策をとれる
  • ・不安から解放される

があります。

一方で、リスク・限界は、

  • ・すべての変異を検出できるわけではない
  • ・遺伝性でないがんの可能性はつきまとう
  • ・有用性が証明されていない介入による不利益
  • ・精神的・経済的な不利益

があります。

同じ検査結果であっても、その人がどういう感じ方をするかは個人差があるので、しっかりと話を聞く必要があります。

未発症のHBOC患者さんへの対応も重要

BRCA1あるいはBRCA2の遺伝子変異がわかると、その管理が問題になります。当院の場合、BRCAに変異があると判明した人に対しては、がんが発症する前にリスク低減卵巣卵管摘出術(RRSO)を提案しています。これは、卵巣がん発症前に卵巣と卵管を摘出することでがんを予防する方法です。

基本的には、35~40歳の出産終了時または、家族内発症の最少年齢に応じて実施されます。家族内発症の最少年齢に応じて手術を行うのは、家族内では同じくらいの年齢で発症する可能性が高いので、予防の観点から推奨されているためです。

この手術自体はNCCNという米国のガイドラインで勧められている方法ですが、日本では保険適用外なので、実施する場合には自費診療で行う必要があります。また、経口避妊薬を使用すると卵巣がんのリスクが低下するので、使用が考慮されますが、予防のための服用は日本では保険適用外になっています。

BRCAに変異のある女性を対象にした3論文の解析で、RRSOを実施すると、卵巣がんのリスクが約80%低下するとわかりました。また、BRCAに変異がある女性を対象にRRSOを実施した場合の死亡率を解析するとリスクが60%低下します。また、別の論文で、RRSOによって乳がんのリスクが50%低下するとわかっています。

ただし、RRSO後にも腹膜がんのリスクは残ります。手術後20年で、4.3%の患者さんに腹膜がんが発症していました。また、RRSOを行うと、卵巣がなくなったことによる更年期障害の症状が出たり、長期的にみると心血管系のリスクが高くなることがわかっているので、長期的にフォローしていく必要があります。

RRSOはリスクもあるので、しっかりとカウンセリングを行う必要があります。生殖に関する希望、RRSOをしない場合の発がんリスク、RRSOによる発がんのリスク低減効果、腹膜がんが発症するリスクや早発閉経の可能性、費用の問題について説明する必要があります。

日本では、現在のところ、病気の予防という観点では原則として保険は適用されず自費診療になります。当院の場合でもおおよそ70万円くらいの費用がかかります。実際に私の患者さんでも、経済的な理由でRRSOを実施できなかった方がいました。その後、卵巣がんが大きくなってきて、保険診療で手術をしてみたら、腹膜に転移している状態にまで進行していた、という症例を経験していますので、何らかの形で費用のサポートが望まれます。

HBOCの最新治療

未発症のHBOC患者さんが卵巣がんを発症した場合、最初に行われる治療は通常の卵巣がん患者さんと同様に化学療法や手術療法などの標準治療が行われます。近年まで遺伝学的検査が大きく普及してこなかった理由のひとつとして、HBOCだとわかったとしても婦人科領域では治療法に変化がなかったことがあげられます。

遺伝学的検査をすることで、家族にもHBOCの可能性があるとわかりますが、患者さん本人にとっては治療法が変わるわけではないので、メリットがありませんでした。ところが最近、BRCAに変異がある患者さんに使えるPARP阻害剤が開発されました。

BRCAに変異があるプラチナ製剤感受性再発卵巣がん患者さんを対象にPARP阻害剤を使った国際共同第Ⅲ相臨床試験で、病気が悪化せずに生存していた期間が当該薬剤を投与しなかった場合に比べて概ね1年以上、次の再発までの期間を遅らせることができた、と2017年3月に報告されました。

再発患者さんに標準治療をした後にこの薬を使ってもらうと、再発後にもう一度再発する時期を遅らせることができ、治療開始の時期も遅らせることができます。使い方は、維持療法といって、継続的に服用を続けます。PARP阻害剤は、飲み薬のため、点滴と違って通院する手間が省けますし、副作用についてもムカムカする程度でコントロール可能なため、非常に期待しています。

近年、多重遺伝子パネル検査といって、複数の遺伝子の異常を同時に検出する検査が米国で行われています。この背景には、技術が進歩し、ひとつの遺伝子を調べても、同時に数十個の遺伝子を調べてもほとんど変わらない費用で検査ができるようになってきたということがあると思います。

遺伝性の卵巣がんの場合でも、複数の原因遺伝子が確認されているので、一回で原因遺伝子の特定ができないと検査を繰り返すことになり、それだけ費用がかかってしまいます。それならば、同時に数十個の遺伝子を検査してしまおう、という考え方です。

ただし、この検査の場合は、まだどんな意味があるか不明な変異が見つかる可能性があります。変異があるとほんの少しだけがんになる可能性が高まるような遺伝子については取り扱いが難しいです。こういうデータの積み重ねが将来がんに関係のある遺伝子を見つけることにつながる可能性もありますが、検査を受ける人に対しては、そういったことがあり得る、ということをしっかりと説明しないといけません。

今後の展望として、婦人科悪性腫瘍研究機構(JGOG)という研究グループで、BRCA変異のある人を登録し、情報を集積し、その人たちが将来どうなるかを追跡し、研究していく予定です。自分の遺伝的リスクを知ることで卵巣がん予防や治療に応用することができる時代が来ているので、遺伝学的検査が正しく伝わり、普及していくと良いと考えています。

がん患者さんに知っておいてほしいこと

正しい知識を得て、上手に活用してほしいです。医者は「どういう治療が最適か」と常に考えているはずで、情報の出し惜しみはしないと思うので、疑問に思うことがあればなんでも聞いてみてください。

また、エビデンスのない治療法に目を向けてほしくないと思っています。情報に関しては、例えば婦人科領域ではインターネットにガイドラインが公表されているので、そういったものにあたってみるのもいいかもしれません。一般の方には難しい内容も含まれているので、不明な点があれば、主治医に聞くようにしてください。

災害時の対処について

普通の人と同じくらい元気な方もたくさんいるので、一般的な災害への備えをしておけば良いと思います。ただし、災害時に薬が入手困難なときは中断しても良いか、またスケジュール通りに治療ができないときはどうするのかなど、主治医に相談しておくことを考慮してください。

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