【特集記事】がん治療の最新動向――プレシジョンメディシン、リキッドバイオプシーとは

最先端がん治療紹介の編集方針について

「再発転移がん治療情報」では、がん治療に精通した医師の方へのインタビューや学会、患者会ほか独自の取材を通して、新しいがん治療情報を随時ご提供しております。手術、抗がん剤、放射線治療と言った標準治療の中でも最新の治療法や、免疫療法や漢方など注目の治療法を取り上げていきます。また、このサイトでは特に進行がんやがんが再発・転移された方に有用と思われる情報を掲載していきたいと考えております。
がん治療に関するニュースや情報サイトは他にもたくさんありますが、再発・転移がんに特化したものは少なく、また、毎日更新される膨大な情報をチェックし、ご自身の治療に役立つものをピックアップしていくことは容易ではありません。
本サイトでは、再発・転移がんの治療を対象としたトピックをどなたにも分かりやすくお伝えし、治療を必要とされる患者様へ新しい選択肢をご提供したり、前向きに治療に取り組むお手伝いが出来るサイト作りを目指しております。

公開日:2018年6月29日
田口 淳一先生
一般社団法人あきらめないがん治療ネットワーク 代表理事
東京ミッドタウンクリニック 院長
東京ミッドタウン先端医療研究所 所長

遺伝情報から最適な治療薬を選ぶプレシジョンメディシン

国立がん研究センターは6月1日、「がんゲノム情報管理センター」を開設しました。治療法が確立していないがんなどに関して、患者さんから得られた遺伝子変異のデータなどを集約し、遺伝情報から最適な治療薬を選ぶ「がんゲノム医療」を進めていくことが公表されました。

全国11カ所の「がんゲノム医療中核拠点病院」や、100カ所以上にある病院から患者さんの遺伝子変異のデータなどを集めて解析していきます。がん患者さんに治療の可能性を示すとともに、将来の新たな治療法の開発にもつながると期待されています。

細胞を遺伝子レベルで分析し、適切な治療薬を投与するオーダーメード治療であるプレシジョンメディシンが日本でもいよいよ本格的に始動します。これまでのがんの診断・治療を簡単に振り返ってみましょう。

がんの治療では、薬物治療については臨床試験を繰り返してevidence based medicineを拠りどころに治療薬投与の手順が決められてきました。いわゆる標準療法によって基本的に治療全体の底上げが図られてきました。標準療法は基本的には“平均値の治療”です。実際は、第一選択の抗がん剤の効果がある人もいれば、第一選択薬が効かなくなって第二選択薬、さらに第三選択薬と、選択肢は限られてきます。

抗がん剤に対する耐性が原因ですが、これは同じがん細胞に耐性ができて、抵抗力を持ったということではありません。治療薬が効いたがん細胞は死んで、治療薬が効かないクローンが残って増殖したということです。クローンは遺伝的に同一の起源を持つ細胞群のことです。

遺伝子変異の多様なクローンで構成されるがん細胞

がんは単一クローンの集団ではなく、遺伝子が変異した多様なクローンで構成されています。遺伝子の違いによって細胞の性質に違いがあるため、1つの腫瘍の中には増殖スピードや治療薬に対する抵抗性の異なるクローンが混在しています。こうした多様性が治療を難しくしている理由の1つと考えられています。

治療薬に感受性のあるクローンは減少しますが、抵抗性のあるクローンはそのまま残り、増殖を続けます。これが、最初は効果があった抗がん剤(分子標的治療薬)がそのうち効かなくなる要因と考えられています。

感染症の治療でいえば、細菌によって効く抗菌薬と効かない抗菌薬があります。例えば肺炎の治療で、第一選択薬を使って効果がなかったら、第二選択薬に切り替え、それも効果がなければ第三選択薬に替えていきます。肺炎の原因菌には肺炎球菌、インフルエンザ桿菌、モラクセラ・カタラーリスがあります。原因菌を特定してその菌に効果のある抗菌薬を使えば、無駄に耐性菌を増やすリスクもなく、治療できるでしょう。

簡単にいえば、これが個別化療法(プレシジョンメディシン)の考え方です。

アメリカのオバマ元大統領が一般教書演説のなかで「that’s the promise of precision medicine — delivering the right treatments, at the right time, every time to the right person」と発表しました。

プレシジョンメディシンは、これまで平均的な患者向けにデザインされていた治療を、遺伝子、環境、ライフスタイルに関する個々人の違いを考慮した予防や治療として確立するもの――主にがん治療で遺伝学的検査に基づいて、標準治療に個別化治療を追加することを意味しています。

いま日本のプレシジョンメディシンは緒に就いたばかりです。手術をした時の生検(※1)で細胞の遺伝子変異を調べて、それに合う薬があるかどうかを見つけることができます。この治療は特に肺がんで先行しています。

多施設共同研究の全国肺がん遺伝子診断ネットワーク「LC-SCRUM-Japan」に基づいてスクリーニングしたRET融合遺伝子陽性の肺がん患者さんに対して、分子標的薬(※2)のバンデタニブを投与したところ、患者さんの約半数にがんの縮小効果が認められることが臨床試験で確認されています。

※1 病変の一部を採って、顕微鏡で詳しく調べる検査です。生検組織診断とも呼ばれます。手術や内視鏡検査などのときに組織を採ったり、体の外から超音波(エコー)やX線検査などを行いながら細い針を刺して組織を採ることで、がんであるかどうか、悪性度はどうかなど、病理医が病変について詳しく調べて診断を行います。

※2 がん細胞で傷ついた遺伝子からつくられる、がん細胞の増殖する異常な性質の原因となっているタンパク質を攻撃する物質や抗体を、体の外から薬(分子標的薬)として投与することによって、正常細胞を傷つけないようにがんを治療する方法です。

採血でより適格な治療を選択するリキッドバイオプシー

現在のプレシジョンメディシンがさらに進展した先にあるのがリキッドバイオプシー(liquid biopsy)です。リキッドバイオプシーは液体による生検という意味で、この場合の液体は血液です。

リキッドバイオプシーは、がん細胞がアポトーシス(細胞死)を起こしたときに血液中に放出される遊離DNAを検出できる技術として注目されています。がん組織の検査結果は切除した部分にあるがん細胞クローンの情報であり、血液中のがん細胞クローン全体の情報を分析するリキッドバイオプシーはより正確な治療薬選択のための情報を与えてくれます。なにより大きなメリットは、手術での生検が難しい再発・転移がんの状態がわかることです。

血液中の遊離DNAは、がん患者さんでは健常者に比べて増加する傾向にあります。がんが進行すると遊離DNAは増加し、治療の効果が上がれば減少するので、薬剤感受性の評価を末梢血で行うことができます。

先述したように、分子標的治療薬による治療を始めて、最初は効果があっても、標的遺伝子に変異を持ったクローンが増えてくると効果がなくなってきます。リキッドバイオプシーで遊離DNAを調べ、変異したクローンが増えていることを確認し、その変異クローンに有効な新たな薬剤を使ってピンポイントでがんを攻撃することができます。

リキッドバイオプシーは、すでにアメリカでは数年以上前から始まっています。なかでも、Guardant社はDNAシークエンスで解析する分野ではすでに80%のトップシェアを持っています。設立6年目の若い会社ですが、従業員数も増え、急成長しています。日本の有名企業も同社に投資しています。ラボはカリフォルニアの本社だけでなく、有名なMDアンダーソンがんセンター内にもあり、日本にも設置される予定といいます。

私は先日Guardant社の本社に2度目の視察訪問をしました。同社のリキッドバイオプシーの精度は高く、がん組織の遺伝子検査とほぼ同等の解析結果を示します。現在、70~80遺伝子に対応できます。

リキッドバイオプシーはがん細胞由来の遊離DNA量を示しますが、これは活発ながん細胞数に比例するため、がん細胞由来の遊離DNA量の変化を見ることは治療効果を定量的に判定することになります。特に多発転移がんなどは画像診断で治療効果を判定することが難しく、リキッドバイオプシーはがんマーカー以上に正確に治療効果を判定することができます。

肺がんなどでは治療開始後6カ月経過するとがん細胞クローンが変化してくることが判ってきました。つまり、6カ月経過すると治療薬変更の必要がある可能性があるということです。リキッドバイオプシーを繰り返すことにより、常に最適な治療を選んでいける可能性が出てきました。病原菌培養と抗生物質の感受性検査(※3)で感染症の治療方針を経時的に決めるように、がん治療もリキッドバイオプシーで経時的に治療方針を決められるようになってきました。

このようにリキッドバイオプシーはがん治療を大きく変革させるポテンシャルを持っています。

※3 細菌の化学療法薬に対する感受性を検査する方法です。患者さんから採取した菌をそのまま用いる直接法と、採取した菌を培養して用いる間接法があります。

リキッドバイオプシーで納得して治療に向き合えます

私たちは再発・転移の患者さんにがんゲノム医療を5年前から実施しています。また、リキッドバイオプシーは昨年の9月から開始しています。患者さんから採血し、検体をアメリカに送って、1、2週間で検査結果が届きます。そして、変異したクローンに効く治療薬があるかどうか調べます。

その結果、変異クローンに対応する薬がないこともあります。そんな結果を受けた患者さんは、「自分のがんの正体がわかって、現状の薬物治療、放射線治療を続ける決心がついてよかったです」と話しています。

逆に、対応する治療薬が見つかっても保険適用外であることがあります。「出口問題」と呼ばれ、プレシジョンメディシンの課題となっています。

オランダなどで盛んに行われているバスケット試験のように、遺伝子変異が見つかったらがん種を問わず治験に参加できるようなシステムの整備が望まれます。従来から行われている臨床試験では、ある特定のタイプのがんを対象に治療効果を調べます。

一方、異なったタイプのがんを発症した患者さんが、同じ遺伝子変異をもっている場合があります。バスケット試験では、これらの患者さんにみられる遺伝子変異をターゲットにして薬剤の効果を調べます。

国立がん研究センターの「がんゲノム情報管理センター」では当面は数万人分のデータを集め、将来的には100万人以上に増やす考えです。データが増えれば希少がんの新しい治療法の開発につながる可能性もあります。

いま、日本のがん治療は標準療法からプレシジョンメディシンへの橋渡しのところまできました。今後の発展を期待しています。