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【特集記事】癌性腹水の苦痛を緩和する「KM-CART」

最先端がん治療紹介の編集方針について

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公開日:2015年7月31日
松﨑圭祐先生
松﨑 圭祐 先生
要町病院腹水治療センター センター長

腹水にはアルブミンやグロブリンなど重要な成分を大量に含有

 私たちの内臓の表面は腹膜に覆われています。腹膜自体は袋のようになっていて、中に体液(腹水)が入っています。腹水は腹膜から吸収され、血管やリンパ管を通って血液の中に戻っていきます。こうして腹水は一定量が保たれていますが、がんが進行して終末期になると腹水がたまっていきます。

腹水がたまる原因の1つとして、がん性腹膜炎による炎症で体液が漏れ出して腹腔内にたまることが挙げられます。また、血液中のたんぱく質の1つであるアルブミンは、余分な水分を血管の中に取り込んだり、血管の中の水分量を保ったりする働きがありますが、アルブミンが少なくなると、血管の外に漏れ出た体液を血管の中に戻せなくなる結果、腹水は増えていきます。アルブミンは肝臓で作られるため、肝臓の働きが弱まると腹水が増えやすくなります。

また、肝臓、心臓、リンパ系に異常があると腹水を排出するポンプ機能の働きが悪くなり、腹水がたまります。

腹水がたまると、胃、腸、腎臓などが圧迫されて腹部膨満感や食欲不振、腎機能の低下などの原因となります。また、横隔膜を押し上げることで肺や心臓が圧迫されて呼吸が苦しくなったりします。そのため、食事もとれず、トイレに行くことも、入浴することもままならず、横になって寝ることもできないような状態になります。

医療用麻薬などの薬物療法ではこうした症状を緩和することは難しく、利尿薬にも反応しない難治性腹水に対して腹腔穿刺による腹水ドレナージが第一選択の治療法として位置づけられています。しかし、腹水を急激に抜くと循環血液量が減少して血圧が下がり、ショック状態や急性腎不全を招く危険があります。

また、ドレナージを繰り返すことで血漿蛋白濃度が低下して全身状態が急速に悪化し、さらに腹水がたまりやすくなります。腹水はただの水ではなく、アルブミンや免疫で重要な役割を担うグロブリンなどが大量に含まれているため、腹水を抜くと栄養状態だけでなく免疫機能が急激に低下し、特に終末期では死を早めることさえあります。こうしたことから、「がん性腹水を抜くと体が弱って死期を早める」といわれ、腹水の治療は敬遠されるようになりました。

濾過して必要な成分を体内に戻す腹水濾過濃縮再静注法

 1981年に保険適用された腹水濾過濃縮再静注法(Cell-free and concentrated Ascites Reinfusion Therapy:CART)は、腹腔内から抜いた腹水を特殊なフィルターでろ過し、必要な蛋白成分を濃縮して静脈内に戻す治療法です。現在まで主に肝硬変などに伴う肝性腹水の治療で用いられています。

CARTは比較的シンプルな治療法で、まず腹水を腹水濾過器に通してがん細胞、血球、細菌、フィブリンなどの細胞成分を分離して取り除き、アルブミンやグロブリンなどの必要な成分を残します。次に、腹水濃縮器で余分な水分と電解質を除去し、全体の総量が約10分の1になるまで濃縮します。最終的にアルブミン、グロブリンなどの成分が豊富に含まれた濃縮液ができます。これを静脈内に点滴投与します。

CARTは、もともとがん性腹水の治療法として開発されました。しかし、がん性腹水は肝性腹水に比べて血球成分やがん細胞などの細胞成分が多く含まれているために、フィルターはすぐ目詰まりを起こしてしまいます。そのためローラーポンプで無理に押し込み濾過すると、腹水中のがん細胞をすり潰したり、白血球に過度の物理的なストレスが加わってインターロイキンなどの炎症物質の増加によって高熱が発生します。そのため1990年ごろになると、CARTはがん性腹水には適していないと判断されて使われなくなりました。

1回の治療で20リットル以上の腹水を1リットル当たり10分程度で濾過できるKM-CART

 そこで私がCARTに改良を加え考案したのがKM-CART(2013年特許承認)です。KMは私のイニシャルです。従来のCARTからの改良点は、1.濾過膜を内圧方式から外圧方式に変更、2.濾過膜の閉塞が容易に回復する膜洗浄機能を追加、3.一般的な輸液ポンプと吸引器を使用、の3点です。濾過のしくみを、腹水をフィルターの内側から外側に押し出す従来の内圧式から、フィルターの外側から内側に通す外圧式に変更したことで濾過膜面積が広がり、濾過能力がアップしました。

しかし、依然として目詰まりが課題として残りましたが、フィルターの内側から外側に向けて生理食塩水をフラッシュして膜を繰り返し洗浄することで対処できました。また、従来のローラーポンプを使用しないことで腹水に機械的なストレスがかからなくなり、発熱の原因であった炎症性物質の産生が少なくなりました。

こうしてKM-CARTによって1回で20リットル以上(最大27リットルまで)の腹水を処理できるようになりました。処理時間も従来法だと1リットルの腹水をろ過・濃縮するのに30分~1時間ほどかかっていましたが、KM-CARTだと10分程度で処理できます。

大量腹水でもKM-CARTにより安全に全量を抜く事が可能になります。その結果、腹圧が軽減し、必要な蛋白質が回収できることで、血漿膠質浸透圧の上昇、循環血漿量の増加、腎臓や消化管血流の改善、下肢浮腫の軽減が可能になります。

KM-CARTの適応は、水分・塩分制限、利尿薬などで改善しない難治性腹水症であり、従来システムでは禁忌になっているエンドトキシン症例も腹水にストレスを加えない構造のために95%以上が除去されており、安全に治療が可能です。エンドトキシンとは、グラム陰性菌の細胞壁を構成する成分の1つで、自然界に存在する最も強力な発熱性物質として知られています。また、従来システムでは慎重適応となっている高ビリルビン血症(黄疸)症例に対しても安全に施行可能であり、積極的に施行しています。

KM-CARTシステム図

従来型(内圧式)CARTシステム図

症状、食欲が改善し、闘病意欲も出て治療再開へ

 当センターではKM-CARTを2泊3日の入院で行っています。患者さんには治療の前日に入院してもらい、翌日は一日かけてKM-CARTを実施、3日目には退院できます。どの患者さんも腹水がたまってとてもつらそうな様子で入院されます。しかし、口から食べることをあきらめていた方でも、退院したら帰りにおいしいものを食べたいと言えるまでに改善します。再び食事ができるようになったり、横になってぐっすり眠れるようになったり、精神的なつらさが消えたりする――がんの治療ではこうしたことが大切です。

2009年2月から2015年3月までに、当センターではがん性腹水2145例(卵巣がん399例、膵がん317例、胃がん300例、大腸がん269例、肝細胞がん235例、乳がん119例、子宮がん103例、その他のがん403例)にKM-CARTを実施しています。典型的な症例をご紹介します。

■60代女性 乳がん
がんが再発し、腹水が徐々に増え、強い腹部膨満感のために抗がん剤治療が中止となりました。別の病院で週3回、1回1.5リットルずつ、計27リットルの腹水を抜いたところ、全身状態が悪化したため、腹水ドレナージは中止されました。その後、食事がとれなくなり、車いすで当センターに来院されました。KM-CARTで8.6リットルの腹水を治療したところ、症状が軽減し、全身状態が改善しました。退院3日後には趣味のゴルフに出かけることもできました。

■60代男性 膵臓がん
この患者さんも多量の腹水で重い腹部膨満感のために食事をとることができなくなりました。抗がん剤治療も中止となり、緩和ケア病棟に移されました。腹水が横隔膜を押し上げ呼吸困難も見られるようになりました。余命1週間の宣告を受け、当センターを受診されました。KM-CARTで計20.9リットルの腹水を抜いたところ、食事がとれるようになりました。さらに、中断していた抗がん剤の内服もできるようになりました。その後、栄養状態の改善、治療の再開などで、腹水はたまらなくなり、3カ月後には職場復帰を果たされました。

■70代女性 卵巣がん
卵巣がんによる腹水は特に粘液成分が多く、従来の腹水濾過濃縮方式では早期に膜閉塞をきたすため適応困難とされてきました。この患者さんも食事をとることができなくなるほど腹水がたまり、呼吸が苦しくなった状態で緩和ケア病棟に移されました。当センターでKM-CARTを行ったところ、翌日には呼吸苦が解消しました。食欲も出て、それに伴って闘病意欲も見られるようになり、抗がん治療が再開できました。その後1年以上、腹水は増えることなく在宅療養が可能となりました。

余命1週間でも症状が改善し、穏やかな看取りが可能に

 KM-CARTで多量のアルブミンとグロブリンを回収し、濃縮して体内に戻すことでがんと闘う力を取り戻した患者さんは少なくありません。特に、がん抗体を含むグロブリンがその鍵を握っていると考えられます。

また、濾過膜洗浄液中から腹水に含まれる大量のがん細胞、リンパ球を容易に採取することができます。なかにはがん細胞を認識し、攻撃するリンパ球が含まれている可能性があります。通常、抗がん剤の感受性試験や免疫細胞療法に用いられるがん細胞は手術時に採取されますが、それは血流が遮断された状態から、さらにさまざまな処理を経てできたものです。

これに対して、腹水のがん細胞は新鮮で、培養しやすいという利点があります。このがん細胞やリンパ球を活用することで免疫細胞療法はさらに発展することが期待できます。また、がん細胞を使って抗がん剤の効果を予測できれば、個々の患者さんに合った抗がん剤の組み合わせを検討することも可能になります。

がん性腹水は治療をあきらめるものではなく、KM-CARTによってQOLを改善させ、治療を再開させるものであり、がん治療を進展させる力を持っているともいえるのではないでしょうか。KM-CARTにより“腹水は抜けば元気になる!”のです。

また、余命1週間といわれた患者さんにも、当センターでは積極的にKM-CARTを行っています。患者さんの腹部のふくらみがなくなり、さまざまな症状が緩和された状態で安らかな看取りを迎えることができるのは、ご家族のケアのうえでも大切だと考えています。